あの『アリス殺し (創元クライム・クラブ)』で有名な小林泰三さんのシリーズ最新作、
『ドロシイ殺し (創元クライム・クラブ)』を読了しました。
シリーズものにありがちですよね、“前作が未読だとわけがわからない現象”!
この作品に限ってはそんなことはないので、安心して読みすすめてください。
わたしのように、この『ドロシイ殺し』がはじめてのかたでも、問題ない作品構成になっています。

ホフマン宇宙の前には不思議の国にいたんだ
ドロシイ・かかし・きこり・ライオンのまえに、とつぜんあらわれた、しなびたトカゲ。
彼はビルと名乗り、じぶんは不思議の国からきた、と告げます。
どこで生まれたかは覚えていないけど、ホフマン宇宙の前には不思議の国にいたんだ
彼の発する雰囲気はとても不思議なもので、はなす内容もはじめから終わりまで的を射ないもの。
どうやら、現代に住んでいる青年・井森くんと、夢をとおして頭のなかを共有しているようです。
ドロシイ一向+トカゲのビルが旅をするエメラルド王国(とその周りの砂漠)。
井森くんが生活する現代日本。
場面はふたつの世界を行き来もどりつしながらすすんでいきます。
あなたにはエメラルドの都に行ってこの国の支配者であるオズマ女王に会って貰わなければならないわ
オズの国には犯罪はないのですから
2段組み構成で、ほぼ会話文のみで流れるように進行していく物語のスピードに、もしかしたら慣れないかたは読みにくく感じるかもしれませんね。
わたしも慣れるまではリズムを追うのにすこしだけ苦労しました。
ですが、キャラクターたちの軽妙で小気味いいやりとりに、じわじわとこころが楽しくなってくるのを感じます。
まるで目の前で演劇が繰りひろげられている錯覚を覚えるはずです。
わたしたちは暗い観客席にひとりでただぽつんと座っている。
とおくの舞台でドロシイが、かかしが、きこりが、ライオンが、そしてトカゲのビルが、ころころと笑い、時には足をふみならし憤慨しながらあっちへ行き、こっちへ戻り。
そのコミカルな演目にとつじょ介入する血なまぐさい惨劇。
たのしい舞台をみていたはずなのに、めまぐるしく場面転換される様にハラハラさせられ、決して解けそうもない謎がさらなる謎を呼び、まさに最後まで手に汗にぎることになるでしょう。
オズマは間違わないの?
エメラルドの都の絶対的支配者、オズマ女王は、絶対に間違わないから女王になった。
この『ドロシイ殺し』は、夢の世界でおこった不思議な密室殺人をひもとくストーリー構成ですが、裏には別のテーマがあると思っていて。
それは、「行き過ぎた正義は悪になる」ということ。
オズの国には犯罪はない、とつねづね言い募るオズマ女王。
犯罪がないならば、犯罪者もいない。
犯罪者もいないならば、下す罰もない。
以後、彼女を犯罪者扱いしてはなりません。
オズの国には犯罪はないのですから。
今までも、そしてこれからも。
”犯罪”とはなんなのか。”ルール”とはなんなのか。”法律”とは? ”道徳”とは?
清廉潔白でつねに規律ただしい国や支配者などありえない。
日本という平穏にみえる国に住むわたしたちにとっても、この物語から、キャラクターひとりひとりが発する素朴な問いから、いまいちど原点に立ちかえって考えるべき課題がみえてきそうです。