月間70万PVのプロブロガー、あんちゃの『アソビくるう人生をきみに。』

 

人生のレール」みたいなものが、この世にはずっとあると思って生きてきました。

義務教育を終えて、
いい大学やいい会社に入り、
結婚して家族をつくって、家や車を買って、
定年まで同じ会社でつとめあげて……

っていう、「世間一般的」な安定感のあるレール。

そのレールの上に、はやい段階から乗りあげて、しぬ瞬間までそこから落ちないように、踏ん張りながら生きつづける。それが、ある種の美徳とされる生きかただと、これまで思ってきました。

ある本を読んで、そんな「人生のレール」なんて存在しないんだと気づけたので、ご紹介したいとおもいます。

 

疑問に徹底的に向き合うこと

プロブロガーのあんちゃさん(@annin_book)という方が書かれた、「アソビくるう人生をきみに。 好きなことを仕事にして、遊ぶように生きる人生戦略」を読みました。

まだ20代の女性が、この先なん十年もおなじ会社で働きつづける人生そのものに疑問を感じ、
自分の力だけで生きていく道」をえらぶ過程が書かれています。

若いころって、みんな同じように「疑問」はもつと思うんですよね。

ずっとこの会社にいるべきなのか、
自分はこの仕事がほんとうに好きなのか、
やっていけるのか、
別の働き方があるんじゃないのか。

その抱いた疑問に向き合って、つきつめて、
せっかく乗った安定のレールから飛び降りようなんておもう人、そうそういない。

でも、実現している人がここにいる! と衝撃を受けながら読み終えました。

本当は、安定したレールなんてなくなっているのに、気づかないフリをしてみんな仮想のレールの上を歩いている。私はそう感じます。(中略)レールから外されるくらいなら、自分から外れたほうがマシ。自分で新しいレールを敷いたほうがいい。

あ、レールって、ないんだ。

勝手に自分でつくりあげていただけだったんだなって、目が覚めた思いがしました。

 

「好きなことや趣味を仕事にするとつらいぞ」

 

これって、「好きなことや趣味を仕事にしていない人」の言葉なんですよ。

世間とか常識とか“こうすべき”とか、目にみえない膜みたいなものにいつの間にか包まれていた。
その状態が心地いいってずっと思っていたんです。

月の残業時間が100時間くらいのブラック企業につとめていた約6年間は、まさに「人生のレール」の上でした。
上司への建て前、お客さんへの媚びへつらい。
外に見せているじぶんと、心のなかだけにいるじぶん。

1分1秒「辞めたい」と貫くように思っていました。

でも辞められなかった。

 

「3年未満で辞めたらゆとり教育だとバカにされるから」

「せっかく正社員で入社できたのにもったいないから」

「親に申し訳ないから」

「いま辞めたら迷惑がかかるから」

 

だれに強制されたわけでもないのに、世間の常識にガチガチにとらわれて身動きできなくなっていました。
そのとき、わたしをレールから降ろすスイッチを押してくれたのは、1人の友人。
狭い牡蠣屋のカウンターで蒸し牡蠣を食べながら、

人生って一度しかないんだよ

とシンプルな言葉で背中を押してくれた。

 

この本にもおなじように、「人生のレール」から降ろしてくれるスイッチがたくさん散りばめられています。

 

趣味で食べていく=100%楽しいわけではない

それでも、「そんな簡単に趣味で食っていけたら苦労しないよ」とおもう人が大半でしょう。
わたしもそうです。

たしかに「趣味とか好きなこととかで食っていく」のは楽ではない。
責任もついてきますし、生活していくには相応に稼がなければいけない。

趣味で食べていく=100%楽しく生きていく、ではないんですよね。

責任、不安、楽しいことをやっていくために付随してくる楽しくないこと、すべて引っくるめて背負うことを覚悟する。

ぜんぜん、甘いことじゃないよ。

でも、そういう生き方ってかっこいいし素敵だなって思ってしまいました。
あんちゃさんの「活きた生き方」に、ぜひ触れてください。