「推し」はあたしの「背骨」 宇佐見りん『推し、燃ゆ』

突然ですが、あなたには「推し」はいますか?

アイドルや俳優などの芸能人でしょうか?

それともスポーツ選手やアニメキャラクターでしょうか?

「推し」がいるだけで生活が潤いますし、情熱をかける熱気があるのは素敵なことですよね。

そもそも「推し」という言葉を「好き」という意味を含ませて使われるようになったのは、いつのことでしょうか。

アイドルグループAKB48の人気が出てきた頃からでしょうか。

少なくとも、1990年代後半にモーニング娘が台頭した頃には、「推し」という言葉はなかったように思います。

握手会や総選挙などで、AKB48がグループ全体だけではなく、個々のメンバーにファンが付いたからなのか。

時代によって、言葉は変化すると感じます。

ここまで「推し」という言葉を語りましたが、理由は今回紹介したい本が、宇佐見りんさん『推し、燃ゆ』だからです。

第164回芥川賞を受賞し、2021年本屋大賞にもノミネートされているこの作品。

(芥川賞受賞時)若干21歳の女子大生が描いた「推し」に命を懸ける女子高生の姿は、現代を人間を表しているのではないかと思い、少しでですが紹介しようと思います。

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あらすじ

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」

朝日、読売、毎日、共同通信、週刊文春、
ダ・ヴィンチ「プラチナ本」他、各紙誌激賞!!

三島由紀夫賞最年少受賞の21歳、第二作にして
第164回芥川賞受賞作

逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈“することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し——。デビュー作『かか』は第56回文藝賞及び第33回三島賞を受賞(三島賞は史上最年少受賞)。21歳、圧巻の第二作。 河出書房新社HPより

「推し」は命にかかわるもの

推しは命にかかわるからね(p.6)

あかりがしゃべったこの台詞は、決して大袈裟ではありません。

彼女にとって、アイドル・上野真幸は、命に匹敵します。

ラジオ、テレビ、あらゆる推しの発言を聞き取り書きつけたものは、二十冊を超えるファイルに綴じられて部屋に堆積している。放送された番組はダビングして何度も観返す。溜まった言動や行動は、すべて推しという人を解釈するためにあった。解釈したものを記録してブログを公開するうち、閲覧数が増え、お気に入りやコメントが増え、<あかりさんのブログのファンです>と更新を待つ人すら現れた。(p.17)

二千円の新曲CD1枚買うごとについてくる投票権を目当てに、CDを15枚買う。

そのCDやライブに行くために始めたアルバイトのシフトは、推しの人気投票結果発表日は早上がりにしたり、握手会の日は入れない。

生活すべてが「推し」によって決まる。

何かに熱狂になったことがある人は、この気持ち分かるのではないでしょうか。

私自身はスポーツ観戦が好きなのですが、贔屓にしているチームの試合のために遠征したり、TV観戦するために仕事を早く切り上げたりするので、あかりの気持ちは理解できます。

「普通の生活」ができないあかり

「推し」に関する情報は、蜘蛛の巣のように張り巡らせて逃さないあかりですが、その一方で、「推し」にかかわる以外の日常生活が送れません。

学校に行っても授業が分からない。

それどころか、授業で必要なものを持たず、「推し」のライブに行ったままの状態のリュックで登校する。

体育祭の予行演習のために2日前から準備していたのに見つからず、朝6時まで探し出す。

アルバイト先のラーメン屋では、開店前にお酒を補充したり、豚肉を解凍したり、食器を戻したり、包丁を研いだりするルーティーンがあっても、例外が出てくると、ルーティーンができなくなる。

保健室で病院の診断を勧められ、ふたつほどい診断名がついた。(p.9)

具体的に病院や病名が明かされることはありませんが、恐らく発達障害や鬱病などの診断をされたのではないかと予測されます。

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心というか背骨かな。(p.37)

あかりにとって、「推し」は生活を支える「背骨」。抜かれてしまったら、自分を形成できなくなるほど大切な存在。

背骨と言い切るところに、あかりの「心の情緒不安定さ」や「危うさ」が表されていると感じます。

辛かったときに歌で心が救われた経験はありますが、申し訳ないことに私は心療内科に通った経験はありません。この点においては、完全に理解をすることはできないと思いました。

ただ、「推し」がいて、一度でも心療内科に通った経験がある人は、あかり自身の状態を理解できるかもないと感じる描写だと思います。

「推し」の行動に左右されるあかり

「推し」の存在は、あかりを支えています。

しかし、「推し」のアイドル・上野真幸は芸能人にとって致命的な行動を次々と起こします。

ファンを殴る。ファンを殴ったことに関する取材には淡々と答える。事務所はNGを出していないが恋愛報道が出る。

あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった。推しの見る世界を見たかった。(p.18)

このセリフのとおり、あかりは炎上しようが、恋愛報道が出ようが、「推し」を辞める気はありません。

ただ読み進めていくと、上野真幸はTVや雑誌、ラジオなどで語ったこととは異なる言動が出てきて、少し違和感を感じ始めます。

この先はネタバレになるため言いませんが、あかりの一方通行な「推し」への情熱や翻弄される姿が浮きあがってきます。

ここからの「あかり」の捉え方によって、作品の解釈が分かれてくるように感じます。

まとめ

”推しが燃えた”から始まったわずか100ページ強の小説ですが、言葉の選び方が秀逸で、ページ数以上の世界観が広がっていると思いました。

エンターテイメント性が強い直木賞作品とは異なり、文学性を重視する芥川賞作品は好みが分かれますが、『推し、燃ゆ』は芸能界というエンターテイメントを脇役に添えた文学作品だと感じました。

著者が大学生、また主人公が高校生なので、若年層にも読みやすい作品だと思います。

読み手の年齢やバックグラウンドによって、読後の感想が変わるように思いますが、このように十人十色の幅広い解釈ができる作品は珍しいので、読んで欲しいと率直に思います。

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神奈川県出身。通勤や移動時間を読書タイムに充てているメーカー勤務のOL。 読書の傾向は小説8割、ビジネス書等その他2割。 好きな小説ジャンルは、ミステリー、ファンタジー、時代小説で、あまり読まないのが、恋愛小説。 好きな作家は原田マハ、池井戸潤、有川ひろ、上橋菜穂子、荻原規子などなど。 シリーズものを読み始めると、絶対に順番を守らないと気が済まないタイプ。 2、3日おきにTwitterとInstagramで読書記録を投稿している。