有川浩『レインツリーの国』”これは恋の話です。ただヒロインが聴覚のハンデを持っているだけの。””

何気なく手に取った本から、思わず学んだ経験はありませんか?

私にとって、今回紹介する本『レインツリーの国』は、正に思わず学んだ本でした。

この本を取ったきっかけは、『図書館戦争』シリーズに登場する、中途難聴者の女子高生・中沢毬絵が、好きな本だったからである。

聴覚障害者が登場する本だとは予想していましたが、健聴者の私にとって、本書は驚きの連続でした。

私が驚いたことは、健聴者でかつ、耳の病気に一度も罹ったことがない私の視点によるものなので、偏った視点になっています。その点はご了承いただきたい。

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ここから先はネタバレを含みますので、閲覧にはご注意ください。

あらすじ

向山伸行(むこうやま のぶゆき)は、かつて好きだった本の書評が書かれているブログ『レインツリーの国』を、偶然インターネット上で見つける。

その管理人が書く文章は、伸行の心に響いた。『レインツリーの国』の管理人は、自分と年代が近い女性と分かり、思わず「伸(しん)」というハンドルネームで、本の感想を送る。

そうすると、管理人「ひとみ」から返事が来るようになり、何度もやり取りが続く。

「ひとみ」とのやり取りが楽しいと思った「伸」は、「ひとみ」に、実際に会おうと伝えるが反応が芳しくない。

それでも実際に「ひとみ」に会うのだが、ところどころで違和感を感じる。そう、彼女の耳に秘密があったのだ。

聴覚障害を表す言葉

一般的に中途失聴や難聴は、人生の途中(日本語を獲得した後)に聴覚に障害を受けたものであり、聾や聾啞は日本語を獲得する前の幼いころから聴覚障害があったものと区別される。

それゆえに、中途失聴者や難聴者と聾・聾啞者は、同じ聴覚障害というカテゴリーに分類されながらも持っている文化はかなり違う。

要するに、中途失聴者や難聴者は「聞こえないが話せる人々」であり、第一言語は健聴者と同じく日本語だ。

聾や聾啞といえばそのほとんどが第一言語を手話とし、手話コミュニケーションを母体とする独自のコミュニティを持つことが多い。(p.120)

この文章を読むまで、私は聴覚障害を持つ人を同じカテゴリーに括り、みんなが手話を使えると思っていました。

しかし、本書の主人公「ひとみ」は、高校生の時に落下事故で難聴になった中途難聴者であり、わずかに残った残存聴力と人の唇の動きから、人の言葉を読み取っている女性で、手話はあまり使えず、むしろ健聴者と同じように、日本語を話す生活をしていました。

「ひとみ」のように、話すことはできても聴覚障害を持つ人の存在を、本書で初めて知りました。

正直、自分の無知さが怖いと思いました。

そしてやはり、中途難聴者の「ひとみ」は、日常生活を送る上で、様々な障害にぶつかっています。

「ひとみ」の苦悩

人と話をするときは、補聴器の力を借りてわずかな残存聴力を総動員して、相手の口の形もじっと観察して、表情や仕草や気配にも気を配ります。これが私によっての「聴く」ということです。そこまで五感を駆使して注意を払って、やっと私は伸さんと「会話ができる」んです。それも100%分かるわけじゃなくて、先読みとか推測も駆使して「多分こう言ってるんだろうな」っていうのが限界です。

伸さんは何の気なしに「聞いて」何の気なしに「会話」できますよね。私は違うんです。

聴覚障害は二重の障害でもある。

まず音から遮断され、そのことによって次は健聴者とのコミュニケーションが阻害される。聴覚問題の最大の問題は、人間としてのコミュニケーションから隔絶された状態になるのを世間になかなか認知されないことだ。

これは「ひとみ」の悲痛な叫びです。そして、「健聴者」と「聴覚障害者」の壁なのです。

「ひとみ」に寄り添おうとした「伸」も彼女のためを思い、声を大きくしたり、ぶつかってきた相手にこの子は聴覚障害者だから気をつけろと注意しますが、その行動はかえって「ひとみ」を怒らせるのです。

本当は「難聴者」だから気を使っていると分かる行動が許せないのです。

聴覚障害を持っていても、彼女なりのプライドがあるのです。

私は「聞こえないこと」が自分の想像以上にコミュニケーションの断絶になっていることに驚くとともに、「伸」と同じく、自分は健聴者だという現実を突きつけられているようでした。

「ひとみ」が理解できない「伸」のこと

「ひとみ」から投げかけられる言葉は、健聴者である「伸」には理解できない部分が多数を占めています。

「伸」は「ひとみ」に歩み寄ろうとしても、上手くいかないことも多くあります。

ですが、「ひとみ」と会話していくうちに、「伸」自身も「ひとみ」が自分のことを理解していない部分があることに気付きます。

「いっつも自分の耳悪い苦労ばっかり言うよな。気遣い行き届かへん俺を責めるよな。でも、君かて俺をちょっとでも気遣ったことあるか?俺にも君みたいに傷ついた昔があったかもしれんとか思ったことあるか?伸さんはすごい、伸さんはえらいって都合がええときに都合のええところだけつまみ食いで誉めてもらっても、こっちかてたまらんときあるんやで」

例えば、関西から上京して1人暮らししていること、

高校生の時に父親を亡くしていること、

そして父親が亡くなる前に自分のことを忘れられていたこと。

これらの経験は実家で両親と暮らしている「ひとみ」は、経験していないことです。

「伸」に話をされるまで、「ひとみ」は「伸」が自分の想像以上のつらい経験をしていることに気付くのです。

他人に理解できない辛さを抱えていることは健聴者も変わらないのだ。その辛さの種類がそれぞれ違うだけで。

聞こえるのだから自分たちより悩みは軽いに決まっているなんて、それこそハンデのある者の驕りでしかなかったのだ。伸のように、健常な聴覚とコミュニケーションの手段を持っていても、他人に痛みを晒そうとしない者だっているのだ。

健聴者であろうと、聴覚障害を持っていようと、人は何かしらの悩みを抱えています。

身体障害者は健聴者に無いものねだりをすることもあるでしょう。その逆もしかりなのです。

「伸」の言葉を通じて、本当は健聴者と聴覚障害者が同じ土俵にいるのではないかと思えるようになりました。

おわりに

有川浩さんがあとがきでこう語っています。

この人たち(聴覚障害者)を物語に都合のいい「キレイな人々」としては書くまい、と思いました。書きたかったものを存分に書かせてもらおうと思いました。

私が書きたかったのは『障害者の話』ではなく、『恋の話』です。ただヒロインが聴覚のハンデを持っているだけの。

聴覚障害は本書の恋人たちにとって歩み寄るでき意識の違いの一つであって、それ以上でもそれ以下でもない。ヒロインは等身大の女の子であってほしい。

五体満足で生まれてきた私は、ハンデを持った人のことを理解できていない部分も多く、同情も持っていました。

しかし、有川さんが聴覚障害を持った人にアンケートを取ったうえで、聴覚障害を持った人々の素に近い姿を描いてくださったことで、もしかすると、彼らが経験していない苦労を自分は経験しているかもしれない、と考えさせられました。

読んでみると様々な感情を抱くと思いますが、私には「伸」と「ひとみ」の言葉が、とても心に響くのでした。

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神奈川県出身。通勤や移動時間を読書タイムに充てているメーカー勤務のOL。 読書の傾向は小説8割、ビジネス書等その他2割。 好きな小説ジャンルは、ミステリー、ファンタジー、時代小説で、あまり読まないのが、恋愛小説。 好きな作家は原田マハ、池井戸潤、有川ひろ、上橋菜穂子、荻原規子などなど。 シリーズものを読み始めると、絶対に順番を守らないと気が済まないタイプ。 2、3日おきにTwitterとInstagramで読書記録を投稿している。