わたほん読書の皆さま、はじめまして!!
8月末より、わたほんメンバーとなりましたyurika(@bookshelf_yt07)です。
暦は9月ですが、まだまだ暑い日は続きますね。
ですが、どんなに暑くても9月は”秋”だと感じませんか。
食欲の秋、スポーツの秋など、色々な〇〇の秋がありますね。
わたほん読者の皆様は、〇〇に入れるとしたら、読書の秋になるでしょうか。
今回紹介したい本は読書の秋にふさわしいだけでなく、芸術の秋にもふさわしい1冊になります。
それは、原田マハさんの『リーチ先生』です。
あらすじ
陶工の里、大分県の小鹿田(おんた)に世界的に著名な陶芸家バーナード・リーチ氏が、訪れることになった。
小鹿田ではリーチ氏を迎えるために何か月も前から、準備が行われていた。リーチ氏が滞在する坂上家で修業を行っている沖高市は、英語が全く話せないにも関わらず、リーチ氏のお世話をすることになった。
「君のお父さんは、オキ・カメノスケ、という名前ではありませんか」
イギリスと日本の架け橋になったリーチ先生
バーナード・リーチという芸術家は、イギリス人としての誇りを持ちながらも、日本をこよなく愛し、イギリスの佳き芸術を日本にもたらし、また、日本の善き伝統、文化を吸収しようと、たゆまぬ努力を続けている。東西の懸け橋たらんとして、力を尽くしている。
時は明治から大正、昭和にかけて。海外へ行くことが珍しかった時代。
イギリス人のリーチ先生こと、バーナード・リーチが日本に関心が高かった理由、その生い立ちにあります。
バーナード・リーチは1887年(明治20年)イギリス人官僚の父の赴任地、香港で生まれ、生後間もなくから4歳まで日本で育ちます。
その後は香港、シンガポールを経て、イギリスへ帰国するのですが、幼い日を過ごした日本への憧れが残っていました。
ロンドンの美術学校時代に高村光太郎と出会ったことで、リーチは日本へ行く決意に拍車をかけ、1909年(明治42年)に遂に来日します。
日本では、柳宗悦や白樺派の青年たちとヨーロッパの芸術運動を語り合い、その交流の中で、陶芸に出会います。実際に6代尾形乾山に学び、7代目の称号を得ると、日本に根付こうとします。
しかし、リーチは来日から11年。イギリスへ帰国することを決意します。来日時はイギリスの芸術を紹介したいと考えていたリーチでしたが、陶芸に身をささげるにつれ、日本の芸術を世界に広めたいという気持ちに変わっていきます。
日本の陶芸は、まちがいなく世界一だ。技術も、感性も、芸術的価値も、世界的に見ても比類がない。自分は、それをじゅうぶん吸収したし、我がものにすることができたと感じている。
しかし、それだけでいいのだろうか。
日本で学んだ陶芸のすばらしさを、世界じゅうの人々に知らせたい。
ひょっとすると、それこそが、私がいま、いちばん力を注ぎたいことではないだろうか?
帰国したリーチは、イギリス セント・アイビスに日本と同じ登り窯を作り、工房《リーチ・ポタリー》を設立します。
焼成が上手くいかなかったり、職人の技術レベルが追い付かなかったりなど、紆余曲折を経ますが、軌道に乗せます。
そしてセント・アイビスは、陶器の街として名を馳せるまでに、産業として根付かせます。つまり日本仕込みの陶器が、イギリスで認められたのです。
《リーチ・ポタリー》は今でもセント・アイビスの地で陶器を生み出しています。まさしくこれは、バーナード・リーチは、イギリスと日本の懸け橋になったといって過言ではないと思います。
フィクションからノンフィクションを見る
バーナード・リーチは実在の人物ですが、原田マハさんの『リーチ先生』では、沖亀乃介・高市親子を抜きに語ることはできません。
彼らは一体どんな人物か?
沖亀乃介・高市親子は、原田マハさんによって生まれた架空の人物です。
物語上の設定は、亀乃介は、横浜の外人さんたちが利用する食堂で覚えた英語を使い、リーチ先生の弟子兼通訳として、来日後からリーチ・ポタリーの軌道が乗るまで、彼を支えます。一方、息子の高市は、亀乃介の死後、小鹿田で陶工の見習いとして日々修行に励む毎日を送っています。
歴史に名が刻まれることはない彼らですが、特に亀乃介がいることで、バーナード・リーチや、柳宗悦など、今では歴史の教科書でしか見られない人物たちが、人間臭く描かれています。
芸術論を語る高尚な会話が、亀乃介を通じることで、まるで近所で交わす日常会話のように、身近な話題になっているのです。
亀乃介・高市親子(フィクション)を通じて、バーナード・リーチ(ノンフィクション)が描かれる。これが正に『リーチ先生』の魅力となっているのです。
まとめ
かつて陶器は、芸術とは見なされていませんでした。毎日使用する食器というイメージが強く、あまりにも日常生活に密接だからです。
日本は茶の湯の発展に伴い、陶器は芸術作品と見なされ、今でも全国各地に陶器の産地がありますが、リーチ・ポタリーが設立された頃、イギリスでは全く芸術と見なされていませんでした。
その概念を変えたのが、バーナード・リーチなのです。
彼は、陶器の歴史を変えたといっても、過言ではありません。
その歴史的転換期を、『リーチ先生』で亀乃介の視点からたどる。
まさに芸術の秋に、ぴったりな1冊ではないでしょうか。
また、バーナード・リーチの作品は、東京・駒場にある日本民藝館で見ることができます。
小説を読んで、美術館に訪れるのも、また秋らしくて良いかもしれませんね。
コメントを残す