恋は罪悪ですよ。 夏目漱石 著『こころ』

こんにちわ、今回書評を書く1冊は夏目漱石の「こころ」です。

日本を代表する文豪とも言える夏目漱石。その中でも普及の名作と言われ続ける「こころ」。

今回初めて読んでみました。

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あらすじ

こころは大きく分けて3つの章に分かれており、それぞれ「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」とタイトルがつけられています。

書生(学生)であった「私」が夏休みに訪れた鎌倉で先生と出会うところからこの物語は始まります。

※以下「私」、はこの物語の主人公を、わたし、はライター自身を指します。(引用部分を除く)

私はその人を常に「先生」と呼んでいた。

 

主人公の「私」は、先生と親しくなるようになり、頻繁に先生の元を訪れるようになります。

先生は「とても人間が嫌いで憎んでいる」とよく口にしていました。

「私」は先生が一体どうしてそんなことを考えるのか、知りたくなります。

「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているじゃありませんか。私は貧弱な思想家ですけれども、自分の頭で纏め上げた考えをむやみに人に隠しやしません。隠す必要がないんだから。けれども私の過去を悉くあなたの前に物語らなくてはならないとなると、それはまた別問題になります。」

「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから、私は重きを置くのです。」

 

そんな中、「私」の父親が体調を崩し「私」はしばらくの間故郷へ帰ることになります。

実家に帰った「私」は両親から「先生にどうにかして当面の仕事を工面してもらうよう頼む」ように言われ、気が進まない中、先生に筆を取ります。

父親がいよいよ臨終状態を迎えようかという時、「私」は先生から分厚い手紙を受け取ります。

「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。」

先生が生前「私」に残した言葉

ここでは第一部「先生と私」の中で先生が発した言葉のうち、後半部分で意味を持ってくる言葉たちを集めてみます。

 

「お父さんの生きているうちに、相当の財産を分けてもらって置きなさい。それでないと決して油断はならない」

「私」の父が病に罹っていることを先生に打ち明けてから先生は何度か財産のことを「私」に尋ねます。

父が死んでからは遅い、生きているうちに話をつけておきなさい、と繰り返し先生は「私」に言うのです。

 

「しかし、悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にはあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです。」

先生が「私」の家族構成を聞き「みな善い人ですか」と尋ね「私」が「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大抵田舎者ですから」と答えた後に先生が述べた言葉です。

根っからの悪い人はいない。普段はみな善い人。しかし、ちょっとした心の歪みがきっかけとなり人は悪人となってしまう、と先生は述べています。

人は生まれながらにして弱い人、性弱説を思わせるフレーズです。

 

しかし君、恋は罪悪ですよ。

こころの中で有名なフレーズの1つとも言える文章でしょう。

「私」は先生が突然このようなことを言い出して何とも返事をすることが出来ませんでした。

 

「しかしもしおれの方が先へ行くとするね。そうしたらお前どうする」

先生がふと奥さんに「俺が先に死んだらお前はいったいどうする」と質問を投げかけます。それも何遍も何遍も。

誰しもが自分が死んだら一体どうなるんだろうと考えたことは一度や二度、あると思います。しかし先生はよりリアルにこの答えを求めていたのではないかと思います。

打ち明けられた先生の過去

田舎に帰った「私」は先生から長く分厚い手紙を受け取ります。

暗いものを凝っと見詰めて、その中からあなたの参考になるものをお攫みなさい。

その中には「私」が知りたかった先生のこれまでが詳細に記してありました。

その内容は大きく分けて2つ、

  • 先生の両親の死後、叔父によってその財産を盗られたこと
  • 友人Kとの恋の三角関係のこと

これらのことについて書かれていました。

先生は叔父によって本来相続すべき遺産のほとんどを盗られてしまいます。先生の父は生前「叔父は善い人だ」と繰り返し言っていたので先生は人間というものを信じられなくなります。

そしてこの手紙で初めて登場する先生の友人K。

先生はこの友人Kと恋の三角関係にあったことをこの手紙にて打ち明けています。

Kとの三角関係について

ある家の下宿人となった先生は下宿先のお嬢さんに恋心を抱きました。後に先生の計らいで同じ下宿先に世話になることになった友人Kも先生同様、お嬢さんを好きになってしまいます。

次第にKもお嬢さんのことが好きなのでは?と疑いの目を持ち始めた先生。何も手につかなくなってしまいます。そんな中急に友人Kが先生に自らの恋心を打ち明けます。

再度Kが先生に相談をすると、友人Kの性格を分かっている先生はKが一番傷つく言葉を彼に浴びせるのです。

そして後日、先生はお嬢さんの母親に「嫁に欲しい」と懇願し、承諾をもらうのです。

Kの恋心を自らで打ち破りながら、お嬢さんを自らの妻として迎え入れることにした先生。

Kにことの経緯をどのように説明をしようかと悩み、Kに伝えようと決意するもののKはその前に自殺してしまうのです。

先生のこころ

先生はKが自殺してしまったことを自らの責任と感じ、その後の人生常に罪悪感と共に生きていきます。

しかし、Kは本当に失恋だけが原因で自らの命を絶ったのでしょうか。本当のところはKにしか分かりませんが、当時の先生には彼の自殺の原因を他に見出せませんでした。

 

また、先生は生前に「元来悪い人というのは存在しない。いざという間際に悪人に変わってしまう」と述べていました。

先生は善い人であったはずの叔父さんに遺産を盗られます。おじさんにとっての“いざという間際”はお金だったのでしょう。皮肉なことに先生もまた恋という“いざという間際”でKに対して悪人となってしまうのです。

人間を憎むほど嫌いになった叔父さんと同じやり方(善人の中に眠る悪人を露呈させてしまうこと)で自らの命を経つほどまでにKを追い込んだ先生。

自分を始めとする人間全てを憎み、憎悪の対象としてしまいました。

自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、私は急にふらふらしました。他に愛想を尽かした私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。

先生は本当に悪人なのか

先生は自らをどこまでも低劣な存在であると繰り返します。しかし、先生は本当に悪い人なのでしょうか?

 

「私」のお父さんの容体を気遣いながら「財産はもらっておくように」と自らの悲劇を「私」に繰り返させぬよう促す先生。

自分が痛く辛い思いをしたからこそ、この「私」にはそういう思いをさせまいという人生の先輩の教訓がここにはあると思います。

先生が財産のことを「私」に聞くようになった時点で先生は「私」に対してこころを開いていたのでは?と感じます。

 

また、先生はKとの三角関係を妻には話さないで欲しい、「妻には何も知らせたくないのです。妻が己の過去に対して持つ記憶を、なるべく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一の希望」と述べています。

これは先生が自らの面目を保ちたいというよりも残してしまった妻への愛情であるとわたしは感じています。

身寄りのいなくなった妻が先生の過去を知ったらきっと妻も自身の過去を呪い、生きることに対して悲観的になってしまうと先生は思ったのでしょう。

妻だけは永遠に守りたい、そういう強い愛情をわたしは感じました。

(読者の中には妻にも知る権利はあるから先生は死んでしまって卑怯だ!という意見もあります)

 

「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか」

この一文からわたしは先生は人間に対して見切りをつけているけれど、それでも誰かを愛し愛されたい、信頼したい、信頼されたいと切に願っていたんだなと感じました。

愛し愛されたい、信頼し信頼されたいのはやはり先生が本当は善人だったからではないでしょうか。

善人だから故に、自らを追い込みすぎてしまったのかなと少し悲く思ってしまいました。

本当の最後は

こころは「私」が臨終を迎えようとしている父の側にいる時に先生からの手紙を受け取ります。

「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。」という一文を見て居ても立っても居られなくなった「私」は臨終間際の父親を置いて先生のいる東京へと向かいます。

果たして「私」は亡骸となった先生と対面したのか。そして自らの父親の最期を看取ることは出来たのか。

残された先生の妻は死んだ先生についてどう思っているのか。どう生きていくのか。

手紙を読んだ「私」はその後どうやって生きていくのか。

何も書かれていません。

 

先生がKを追い詰めた結果Kが自殺してしまったように、「私」も先生の思想や過去を知りたいと願ったばかりに先生を自殺に追いやったと捉えてしまわないか、責任を感じてしまわないか非常に心配です。

あとがき

このこころの舞台設定は明治の終わりにかけての東京になります。

明治といえば西洋のものが多く日本に入ってきて制度や風習が大きく変わった時期です。(いわゆる文明開化ですね)

この時代の物語だからでしょう、小説の中にほとんど「カタカナ」が出てこないのです。

出てきても「ハイカラ」や「アイスクリーム」「ホテル」などごくわずか。

さらにゴムのことを「護謨」と表記したりテーブルのことを「洋机」と漢字で表記している箇所があります。

カタカナが普及する前は皆漢字で表していたんだな、こんな風に表現されていたんだな、そんな楽しみ方もできる1冊でした。

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わたほん編集者。子どもの頃から本が好き。日々の忙しさに負けて本から離れた時期もあったけれど、結局本に癒され、本に励まされ、本からたくさんのことを学び、立ち上がってきました。私である意味を、存在する意義を与えて問いを投げかけてくれるのは本。