死神の涙のワケ 二宮敦人 著『最後の医者は桜を見上げて君を想う』

こんにちわ、さっちーです

時間が空いての更新となってしまいました。

最近、東京へ出張に行ったのですが、その時に読んでどハマりした1冊を今日はご紹介させて頂きます。

Kindle作品(Prime会員なら無料で読めちゃいます!!)なのでスマホでサクッと読めちゃいます😊

これはとある病院でのお話

舞台は地域基幹病院である武蔵野七十字病院。

ここには天才外科医と呼ばれる福原雅和と死神と呼ばれる桐子修司という2人の医者がいた。

この2人の医者は性格が真逆でいつも衝突を起こしてばかり。

あらゆる医療を尽くして患者の命を救う福原に対して桐子は「患者には自ら死を選ぶ権利がある」と持論を述べ、病院の先生を始め患者からも「死神」と呼ばれていた。

意見が真っ向から対立する福原と桐子であるが、どちらも患者から一定の支持を集めていた。

そんな2人を同期に持つ音山は。自分にはこれといって医者としての信念があるわけではないことに悩む毎日。

この3人の医師はとある3人の患者の死を看ることで少しずつ変わっていく・・・。

死について考えさせられる物語

当然ですが、人は誰しも「死んだ」ことは無いでしょう。だからこそ「死」がとても恐ろしく、苦しく、辛いものであると思い込んでしまいます。

この物語の中で死神こと桐子は

「大事な人だからこそ、真剣にその死に向き合うべきだと僕は思いますが」

 

「どこまで差し出せるかとは、どこまで命に価値を見いだせるかと同義の質問でもあります。あなたにとっての命とは、どんなものですか。きちんと考えたことはありますか。」

 

「死に振り回されると、往々にして生き方を失います。生き方を失った生は、死に等しいのではないでしょうか。逆に、生き方を維持して死ぬことは、生に等しいと言えるのではないでしょうか」

と述べています。

1分でも1秒でもいいから生きていてほしいと願い、延命治療を願う家族に対して桐子は疑問を投げかけています。

もし自らの病気が治らないものだとしたら、どこまで医療に差し出せるか。

死の代わりに視覚を失うとしたら?聴覚を、手を、足を、胃を、言葉を、記憶を失うとしたら?

あなたはどこまで差し出して、死の代わりに生を受け取りますか?

対極な2人

ありとあらゆる手を尽くして患者の命を救うことに執念を燃やす福原と、「死」を自ら選ぶ権利を主張する桐子。

両極端な2人だけど、どっちの意見も正しく、どっちの意見を優先したいか?と聞かれると返答に困ってしまう。

もし私が大きな病気に罹ってしまい、治らないのだとしたら。

その時私はどちらの先生に助けを乞うのでしょうか。

もし私の大切な人が大きな病気に罹ってしまい、治らないのだとしたら。

その時私はどちらの先生に助けを乞うのでしょうか。

 

あなたはどちらの先生に助けを求めますか?

2019年に映画化決定!!

この記事を書いている時に偶然目にしたのですが、こちらの作品を元に映画企画が進行しているようです。

まだ詳細は決まっていないようですが、ぜひ映画化されてほしいと思います。

また、この小説の続きも発売されているとのこと。

こちらも合わせて読んでみてくださいね。

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ABOUTこの記事をかいた人

宮城県在住、フリーランス1年目。 よく読むジャンル:ミステリー、ビジネス、自己啓発、エッセイ 好きな作品:東野圭吾、宮部みゆき、はあちゅう、水野敬也作品(敬称略) 本と美味しいものが大好き。 本が紡いでくれる素敵な本、人との出会いを大切に。