すれ違う魂の物語。江國香織 著『落下する夕方』

みなさま、こんにちは!コメダワラ(@pantokome_)です。

近頃、お昼時の気温に油断して薄着で出てしまい、夜の容赦ない寒さに凍えながら帰るという日々を過ごしております。着込むのがあまり好きではないので、あたたかい日はいつも「今日はいける」と自信を持って外に出しまうのが原因なのですが…!

陽のあたたかさに包まれ、夜の寒さにほんの少しの寂しさを感じて。冬だからこそ感じることのできる一日一日がとても愛おしいです。

そんな今日は、江國香織さんの『落下する夕方』をご紹介致します。

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あらすじ

「引っ越そうと思う」

それは、梨果と8年間同棲していた恋人・健吾が告げた別れの言葉だった。

健吾と入れ替わるように押し掛けてきた健吾の思い人・華子と暮らすことになった梨果は、華子を口実に健吾との繋がりを保っていたが次第に彼女の不思議な魅力にとりつかれていく。しかし、とりつかれたのは梨果や健吾だけではなかった。その不思議な彼女の魅力によって、梨果や華子を取り巻く人々の人生が交差していき・・・。

逃げることも、攻めることもできない奇妙な三角関係。愛しきることも、憎みきることもできない人たち。

真っ赤な炎がゆらゆらと揺れている姿をじっと見ているような、あたたかくも静かで不思議な恋愛小説となっている。

揺れない心

これまで様々な恋愛小説を読んできましたが、最初から最後まで心の揺れない恋愛小説は初めてで、ある意味強烈なインパクトとしてずっと頭の片隅に存在しています。

これだけだと語弊があるので加えると、内容としては山あり谷ありといった派手な展開はないですが、梨果の人生を共に歩んでいるような気にさせてくれるほどしっとりと心の中に下りてくる、とても味わい深いものとなっています。

”揺れない”って、心が動じないこととは違って”気持ちが乱れない”ということ。

最初こそ、健吾の元彼女と知っていて梨果が住む部屋(健吾と梨果がこの間まで一緒に住んでいた場所)に一緒に住もうとする華子の非常識さに、少しばかり怒りを感じるのですが、これが不思議なもので全然尾を引かない。梨果も、そして読者さえも、それが今までの日常であるかのように感じてしまうのです。

いつの間にか自分の日常に馴染んでいて、そこにいないと物足りない。そう思わせてしまうほど、華子って本当に不思議な人で。

気付いたらどこかに行っては知らぬ間に帰ってきているし、華子が周囲を振り回しているのかと思いきや周りが勝手に振り回されているだけ。何か引き付けるパワーがあるのかと言えばそんな壮大なものでもなくて、絶妙な加減で淡々としている、気持ちの揺れない人なんです。

ある日、いつも完璧に一定な華子の笑い方やしぐさに、梨果はこんな問い掛けをしました。

全然気持ちが乱れないみたい。

わらうときって嬉しかったり、可笑しかったりして気持ちが乱れるわけでしょう?乱れるっていうか、揺れるっていうか

それに対して華子は、こう答えるのです。

揺れないわ。

わらうときはね、嬉しかったり可笑しかったりして、わらおうと思って、それでわらうのよ

私はこの一言がきっかけで、華子という1人の女性に対して少しずつ惹かれはじめていた心が、ぐんっと引き寄せられました。

「じゃあ、梨果さんも一緒に逃げる?」

物語も終盤。このままふたりの何てことない日常で終わりかとマンネリを感じつつある頃に発した華子のこの言葉が、その後の梨果たちのすべてのきっかけになるのです。

私はこの言葉がすべての終わりでもあると同時にはじまりでもあると思うのです。

ネタバレになってしまうので詳しくは言えないのがもどかしいのですが、「衝撃のラスト」なんて謳い文句がつけられそうな展開にも関わらず「ああ、そうか」と、納得してしまう自分がいることに衝撃を受けました。感情を感じないのではなく、それが現実だと受け止め切れていないような、だけどそうなることが仕方ないの無いようなもののような、とにかくストンと落ちてくる”衝撃のラスト”を人生で初めて体験した瞬間でした。

華子という女性、女の子、人間は、たった300ページでどれだけ私を魅了するのか。このラストでなければ、きっとこんなにも心に残る一冊ではなかったでしょう。

さいごに

私はこの本を読んで、正直「梨果も健吾も、みんなかっこ悪い」と思っていました。

梨果もどうしてそこまで健吾に執着するのか、華子も健吾も一体何がしたいのか、みんなみんな、恋愛ひとつでこんなに恰好悪くなるものなのか、と。

しかしこれに対して、解説を書く合津さんはこう述べているのです。

失恋に泣く、執着する、嫉妬する…カッコ悪い愛のなごり。

その時の重大事は過ぎてしまえば、他人の上におこった物語のように遠い。しかし、カッコ悪い愛のなごりは、新しい愛の予兆でもある

いつも解説やあとがきは飛ばしてしまうのですが、最後まで読んでさらにこの一冊が愛しくなりました。

最初この本を手にしたとき、表紙がきらきらしていて宝物みたいだと思ったのですが、今はまるで華子が足の爪に塗ったピンク色のエナメルのようで、この本そのものを二度味わえることもすごく面白いなあと思いました。

この『落下する夕方』は原田知世さん、渡部篤郎さん、菅野美穂さん主演で映画化されているそうです。

燃えるような夕陽が少しずつ夜に溶けていくような、ただただ静かに心に在るこの一冊が、みなさまにとって新しい出会いの一冊になれば幸いです。

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ABOUTこの記事をかいた人

神奈川県在住、21歳。 大学で保育のお勉強をしています。 小説はもちろん絵本も大好きなので、大人も楽しめるいろんな絵本を紹介していけたらいいなあと思っています。 好きな作品:『プリズン・トリック(遠藤武文さん)』『リップスティック(野島伸司さん)』『塩の街(有川浩さん)』 カフェ巡りや絵を描いたり、空を眺めたりしている時間と、パンとオムライスが大好きです。