音楽が切り取る歴史のかけら。中川右介 著『冷戦とクラシック─音楽家たちの知られざる闘い』

こんにちは、のいです。今日の書評はタイトルからゴリゴリしてますが、私の本業が音楽家だということを知ってくださっている方にとっては

「おっ、久々に音楽系の書評だ!!あいつめ、最近の書評は他ジャンルでお茶を濁してたからな」

という感じでしょうか。とはいえ今回扱う本は語り出すとかなりディテールが詳しくなってしまいそうな題材ですので、どうにかしてまとめたいと思います。一つ一つ見ていくと、面白すぎてキリがなくなってしまいますからね。

「音楽史」って何でしょうか?

もしあなたが音楽を専門に勉強したい!と思い立ち、一生懸命頑張って音大に入学したとすると、あなたは音楽史の授業を取ることになります。日本の音大で音楽史の授業を取ることになると、あなたはまず「バロック時代」にバッハという作曲家がいました、というあたりから授業を受けることになるでしょう。そこであなたはバッハがどんな人で、どんな曲を作ったかについて学びます。ふむふむ。そしてそのあと、モーツァルトが登場し、ベートーヴェンが登場し、「ロマン派」という時代に突入していき、そこでどんな作曲家たちがどんな曲を作っていたか、ということについて勉強します。

音大で音楽史について勉強する、というのは、基本的には作曲家についてと、その作曲家が作った曲について勉強することです。クラシック音楽の歴史の中では「大事」とされる作曲家たちはだいたい決まっていて、その人たちの肖像画は全国の学校に飾られています。

楽天市場で売られていました。14,040円(税込)だそう。https://item.rakuten.co.jp/chuya-online/77394/

作曲家について学ぶとき、私たちは「その作曲家はどんな人か。(生まれ育ち、バックグラウンド、性格、思想)」ということと、「その人が作った曲はどんなものなのか」ということをたくさん考えます。つまり、「音楽史」は大きな時代を追っているようでも実は個人の人生をピックアップし「楽曲について」を学ぶ細分化された学問です。

もちろんこの見方だけだと偏りが出てくるので、今度は作曲家個人や楽曲だけでなく、もうちょっと俯瞰的な社会や歴史の中で、音楽がどう位置付けられていたか、ということを見る必要が出てきます。本書は、音楽家視点というよりは社会や歴史の中での文脈で音楽を紐解いていますので、歴史や社会について読んでも面白いし、音楽が好きな人が読んでも面白い!両方好きな人はめっちゃ面白い!!というスバラシイ構造になっています。

冷戦とはクラシック音楽にとってどんな時代だったか

第二次世界大戦終結後からソ連崩壊まで、アメリカとソ連を中心として長い間続いた冷たい戦争。核兵器の恐怖に世界中が怯えたとき、音楽家はどのように生きていたのでしょうか。

文学、美術、音楽という三つの代表的な芸術のジャンルの中で、発表した作品によって物議を醸すことが多いジャンルってどれだろうと考えてみると、まずは文学が思い浮かびます。文章を書くのは一人で出来るので、革新的なことも書きやすいですし、何よりも言葉というツールは誰にでも伝わりやすいです。「ペンは剣よりは強し」という言葉もありますしね。美術や音楽はそれに比べると直接的ではなく、様々な解釈をゆるす分、少し反応が薄くなるでしょうか。歴史の中で、政治的思想を主張したために逮捕されたり処罰された作家や詩人、著作家は多いと思いますが、クラシックの音楽家でそういった目にあった人はそれよりかなり少ないと思います。

クラシック音楽というのはそもそも貴族やブルジョワなど、権力者の庇護下で発展した音楽です。音楽家が裕福なパトロンの経済的庇護下で活動するのはごく普通のことでした。特にオペラやオーケストラなど、大人数編成のものはその分お金もかかりますから、個人でやることはできず、色々な機関に経済的にも依存して活動を続けることになります。もちろんその分、機関に利用されやすいことにもなります。冷戦の時代はそれがとてもあからさまな時代でした。独裁国家だったソビエトはもちろん、表立ってはそう見えなかった敵側のアメリカでも。

ソビエトの音楽家たち

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左が指揮者のムラヴィンスキー、右が作曲家のショスタコーヴィチ。いつも思うんだけど、彼、ハリーポッターに似てませんか?

本書の舞台には大きく分けてソビエト、アメリカ、ドイツ(ベルリン)が登場します。その中で、やはりソビエトは特異な存在感があります。スターリンの独裁政治の元、音楽家たちは音楽活動を制限され、粛清の恐怖に怯えながらも作曲し、演奏活動をします。音楽家たちは命の危険に晒されながら時には自分の意思に逆らって音楽活動をしていたにもかかわらず、この時代ソビエトで生まれた音楽は今でも演奏される機会がとても多いのです。国家としては崩壊したソビエトですが、皮肉にも芸術面での国家戦略は成功したというべきでしょうか。この本で多く取り扱われるのはショスタコーヴィチという作曲家と、彼の作品を多く初演した指揮者、ムラヴィンスキーです。

長い年数を描いているので、まるで戦友のような、二人の関係を追いながら読んでいくのも面白いです。ショスタコーヴィチはもともとかなり前衛的な作曲家なんですが、ソビエト統制下では前衛作品を作曲することが許されず、政府の意図に従った音楽を作ることを強制されます。もちろんショスタコーヴィチは大変苦しい状況下で作曲しなければいけなかったのですが、彼の音楽家としての人生はこの時代を象徴するものとなっています。ダークで悲しい、けれど皮肉が効いていてユーモラスというたまらん作風です。交響曲5番が代表作かな。この曲は第二次世界大戦の時に作られた曲ですが。

アメリカの音楽家たち

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バーンスタイン。カラーの写真がありました!

対するアメリカ側の代表選手は、本書の中ではバーンスタイン。ミュージカル「ウェストサイド物語」の作曲家としてご存知の方も多いのでは?ソビエト側の音楽家たちがなんとなくくらーい雰囲気を漂わせているのに比べ(粛清の恐怖に向かい合ってるのだから当然ですが)、バーンスタインはリベラルで、核廃絶運動にも参加するし、政治家にも歯向かうし、言いたいことは言う!という姿勢が詳細に描かれています。冷戦時アメリカはソビエトに対抗して「ここは自由の国!!言いたいことはなんでも言ってええんやで!!」というイメージを打ち出したがっていたので、バーンスタインのキャラとアメリカ側の姿勢が合致して売れた、というのもあるでしょう。でも、実際のところはアメリカでもFBIが共産主義者を調べ回っておりバーンスタインも700ページ以上に渡るファイルを作成されていました。聴聞会にも呼び出されています。アメリカはソビエトと比べればもちろん自由でしたが、芸術家たちの活動も「自由」だったかというと、「冷戦の影響は逃れ得なかった」と言ったところでしょうか。

「政治的」な音楽家たち

音楽家と一口にいっても、オーケストラを考えてみればわかる通り、様々な楽器の人がいます。ピアニストもいるし、歌手もいるし、作曲家も指揮者もいるし・・・。その中で最も「政治的な」種類の音楽家ってどんな人たちでしょう?

答えは本書のかっこいい帯を見ていただければ一目瞭然、指揮者。タイで作曲家でしょうか。指揮者というのは、オーケストラのリーダーですから色々な人たちと関わります。仕事柄、人事に関わることも多いでしょう。第二次世界大戦後、多くのドイツ人指揮者たちがナチスとの関係を疑われました。また、作曲家は曲に愛国歌を引用してみたり逆に反戦歌を埋め込んだり、様々な方法で「政治的な」発信が可能です。

演奏家たちはどうでしょう?本書の中では「チャイコフスキーコンクール」や「ショパンコンクール」についても触れられており、それぞれの国がどれだけ威信をかけて自国の演奏家たちをそういった国際コンクールに出していたか触れられています。国際コンクールは「代理戦争」の一面もあり、演奏家たちは国を背負って出場していたのです。

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ソビエトが威信をかけて開催した第一回チャイコフスキーコンクールでは、アメリカのピアニスト、ヴァン・クライバーンが優勝してしまい大波乱となりました。

音楽と政治

冷戦の時代は音楽が政治に目に見える形で影響される時代でした。その時代の反動なのかはわかりませんが、昨今の日本では「政治的な」音楽は好かれない傾向にあるようです。

最近のJポップミュージックシーンでは、思い出せる限りでもサザンオールスターズやラッドウィンプスの歌詞が「政治的すぎる」として炎上しているのを見かけました。歌詞の内容の思想の方向は様々でも、それが「政治的だ」と判断されると、随分大変なことになるようです。

しかし、私は思うのですが、「完全に政治的でない」音楽なんて存在するんでしょうか

「音楽は政治から離れたものであるべき」という風潮は、充分政治的だと私は思うのですが。

冷戦を生きた音楽家たちに想いをはせ、また今をどう生きるべきか考えるきっかけになる良書です。どうぞ!

ABOUTこの記事をかいた人

埼玉県出身、東京- NYを経て、今はミシガン州立大学で音楽学部の博士課程に在籍中。 専攻はピアノ。 よく読むジャンル→ミステリー、ファンタジー、エッセイ、恋愛もの、歴史物、伝記、ノンフィクション、児童書 アメリカ中西部でピアノを弾いたり音楽について学んだり書いたり教えたりしています。 本を読んで現実逃避して寒さに耐えています。