四者四様、姉妹が選ぶ道は。L.M.オルコット 著『続 若草物語』

皆様こんにちは、のいです。今日の書評は 若草物語」です。「若草物語」ではありません。

はじめに

さて、のっけからオタクな感じのクラシック音楽トークで申し訳ありませんが、アメリカにはチャールズ・アイヴズ(1874-1954)という作曲家がいます。保険会社の大金持ち社長が本業で、趣味で作曲してたらアメリカ代表になっちゃった、というとんでもない感じの人です。彼の代表作の一つにピアノ・ソナタ2番があります。全部で4楽章あり、通して演奏すると50分かかったりする色々とスゴイ作品なのですが、アイヴズは各楽章にそれぞれ、アメリカの哲学者、文筆家の名前をつけています。1楽章はエマーソン(Emerson)、2楽章はホーソーン(Hawthorne)、3楽章はオルコッツ(Alcotts)、4楽章はソロー(Thoreau)と名付けられているのですが、それぞれの名前を見てください。3楽章のオルコッツだけ、Alcottsと複数形になってるじゃありませんか。

ここでやっと本題に入りますが、このAlcottsというのはもちろん「若草物語」の作者のルイザ・メイ・オルコットと、そのお父さん、エイモス・ブロンソン・オルコットのことです。

ピアノソナタ2番は重く激しくそして長く、聴いててもちょっとしんどくなることがある様な大曲ですが、Alcottsの名前が付けられた3楽章は「若草物語」のことを思い起こさせる様な、美しく優しい楽章です。また、ルイザ・メイ・オルコットはこの中で唯一の女性作家です。

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L.M.オルコット

『若草物語』シリーズ

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オルコットが自分と、自分の姉妹をモデルにして書いた小説、「若草物語」といえば「赤毛のアン」(みきさんが書評を書いてらっしゃいます)と並ぶ少女小説の代表作です。何度となく豪華キャストで映像化されていますし、現在もまた新しくリメイク企画が立ち上がり、メリル・ストリープやエマ・ワトソンが出演することが話題を呼んでいます。第1作目はある年のクリスマスから始まり、四人の個性豊かな姉妹の一年が描かれています。美人の長女メグ、おてんば次女のジョー、恥ずかしがり屋のベス、生意気な末っ子のエイミーとお隣さんの男の子ローリーの物語は多くの方が懐かしく思い出されることと思います。実は「若草物語」には続編が何作か作られており、どれも結構面白いです。(ヒットしたら続編を作りまくるという手法は古典的な様です)

そのうち、この2作目は作者が冒頭でこう宣言しています。

ここでお断りしておくけれども、この物語の中には少し「恋愛ざた」が多すぎるとお考えのおとなの方があるならば、いやたしかにありそうな気がするが(お若い向きはさような抗議はなさるまい)、そしたらわたしはマーチ夫人とともに、こう申し上げるよりほかはないのである。

「宅にはにぎやかな娘が四人もいるところへ、おとなりには元気な若いお方がいらっしゃるんですよ。そしたらまあいったいーどんなことになるとお思いです?」

というわけで、「続 若草物語」はとにかく始めから終わりまで恋愛ざたが連発します。時代は違うけど、共感できるところもたくさんあります。アラサー女子になってからも、是非この「続 若草物語」を再読していただきたい!と強く願う次第であります。

メグの新婚生活

お話は長女のメグの結婚式から始まります。実家が裕福だった頃のことをおぼろげに覚えている長女のメグは元々贅沢に憧れていたのですが、誠実で貧乏な青年、ジョン・ブルックと恋に落ち結ばれます。彼らは祝福され、小さな家で慎ましい新婚暮らしを始めます。メグは一生懸命新生活に取り組みますが、時に貧乏な生活が耐えられなくなったり、夫となったジョンと小さなことでぶつかり合います。メグが主婦業に取り組むへんの下りはちょっと昔風なんですが、ユーモアたっぷりに書かれており、面白く読んでしまいます。「結婚がハッピーエンド」とは描かず、かといって少女小説っぽさも失わない、絶妙なバランス感覚での描写はさすがです。私はメグが家事道具一式を家族に揃えてもらうシーンが印象的でした。

このようなことをお金の力で他人からしてもらう人たちは、どんなにたいせつなものを失っているかを知らないのである。それは家庭的な仕事というものは愛情のこもった手でなされればそれだけ美しくなるものだからである。メグはそれがほんとうであることをいろいろなことで確かめた。

作品の中でオルコットは「労働することの大切さ」「お金を必要以上に持たないこと」の重要性を繰り返し書いています。この台詞なんかも解釈は色々できると思うのですが、私は「自分で自分の面倒を見るたいせつさ」と解釈しました。

好きになっちゃったらしょうがないよね

という言葉がありとあらゆるところから聞こえて来そうな第二作目。この作品では、一作目の時はまだ12歳だった末っ子のエイミーも成長し、ジョーと共に物語を牽引する役割を担っています。

ジョーとエイミーは性格が正反対、というのは一作目でも描かれていました。子供時代は喧嘩ばかりしていた二人ですが、大人になってだいぶ落ち着き、仲良くすることができる様になっています。反抗的で自由を求めるジョーとは反対に、エイミーは心優しく品のあるレディーになろうと努力します。今作で二人にとって重要な登場人物となるのが、お隣さんの青年、ローリーです。

ローリー

ローリーはジョーがずっと大好きでそれはもう一貫しているのですが、ジョーはどうしてもそれが受け入れることができません。好意を示されることに耐えられず、なんとニューヨークに仕事先を見つけて逃げ出してしまいます。それでもローリーは戻って来たジョーに告白するのですが、彼女は必死に断ります。このシーン、かなり緊迫感があっていいです。

私は上品な社交界なんて嫌いなのに、あなたは好き。あなたは私が物を書くのがいやなのに、私はそれがなくては生きられない。

おいおい、そんななのにどうしてローリーはジョーが好きになったんだよ・・・とツッコミを入れたくなりますが、二人は一作目からずっと仲良しの幼馴染でしたし、好きになっちゃったら仕方ないですね。ローリーは自由なジョーに、自分の叶えられない憧れを見たのかな、と思います。

ジョー

さて、ローリーの告白を断る際には「誰とも結婚しない、私は私の自由を愛しているから」と宣言し、念願の文筆業も売れ始め、まい進するジョーなのですが、ニューヨークに行ってあっという間に恋に落ちてしまいます。お金持ちでイケメンのローリーにも振り向かなかったジョーが、いったい誰を好きになるの!?と思うところですが、ジョーが恋に落ちるのはだいぶ年上の貧乏なドイツ人教授。誠実で知性的な人柄に惹かれてしまいます。この辺、リアルだなーと思いました。

エイミー

エイミーはこの作品で、伯母さんたちのヨーロッパ旅行の付き添いとして選抜され(ジョーとエイミーが候補だったのですが、ジョーの態度があまりに悪く素直なエイミーが選ばれました)旅に出ます。絵が大好きなエイミーは勇んで出かけるのですが、リアリストの彼女は次第に「才能と天才は違う」ことに気付き始めます。そんな中、成長して美人になったエイミーは、たくさんの男性から言い寄られ、「四人姉妹の中の一人くらいはお金持ちと結婚しなきゃ」と思い始めます。彼女の「暮らしのためにお金を取るべきなのか」という葛藤も普遍のものだと思います。

ジョーとエイミーはこの作品でかなり対比的に描かれています。性格が素直なエイミーはヨーロッパに連れて行ってもらいますが、頑固者のジョーはアメリカで留守番し、果てはニューヨークに飛び出します。逆にエイミーは自分にアートの才能がないことに気付きますが、ジョーは自分の小説が売れ始めます。二人の恋の行く末も「そうなるかー」という感じでとても面白いです。

三女のベス

第1作目で、ベスがしょうこう熱にかかるシーンはクライマックスでした。一作目、私は実は、ベスが一番好きな登場人物でした。ピアノを弾くのが好きな設定だったからちょっと近しく感じたのかもしれませんが、恥ずかしがり屋なところも、誰もやりたがらない仕事を進んでやるところも素敵だなあと思っていました。名前も可愛いし。オルコットは「若草物語」を書くときに自分の姉妹を含め登場人物にはプライバシーを守るため偽名をつけましたが、ベスだけは本物の名前をつけたそうです。第二作目では18歳になったベスが登場します。泣けます。

オルコットの人生哲学

さて、既に述べましたが、オルコットはこの作品の中で繰り返し「持たないことの美しさ」を描いています。とは言っても主人公は若い女性ですから、素敵な洋服のことやアクセサリーのことなども頻繁に出て来ますが、それでもトーンは一貫して変わりません。私がとても好きだったのはここです。

富というのは確かに結構なものである。しかし貧困もまた楽しい半面を持っている。精神的と肉体的とを問わず一生懸命に働いて得たところの純粋な喜びは、逆境というもののもたらす幸福の一つである。この世の中の賢く、美しく、有用な恩恵というものは、半分くらいは必要という刺激があってはじめて得られるものである。

これこそ真の明るさだと思いました。困難に陥ってどうしようもなくなった時にそれに立ち向かいながら、楽観主義者でいることは難しい。でも、そこから生まれる喜びはとても美しいと思います。

この小説ではありとあらゆるところで恋の花が咲きますが、オルコット本人は生涯を通して未婚でした。女性参政権を訴えたフェミニストでもあります。私は、「赤毛のアン」作者のモンゴメリーがうつ病だったということからも、この当時に女性で売れっ子作家であったということは、現代からは想像がつかない重圧も多かったのだろうと思います。「若草物語」のジョーも「赤毛のアン」のアンも、物語の中では女性として普遍的な幸せを掴みますが、作者としては分身であるキャラクターに自分の叶わなかった想いも重ねたのだろうなと思います。

私は子供の頃「若草物語」を読んだ時には、こういったことには思い至りませんでしたが、再読してみて改めてその魅力を知りました。以前、「ある奴隷少女に起こった出来事」という黒人女性の手記についての書評を書きましたが、「若草物語」シリーズと書かれた時期も似ており、比較してみても面白いです。大人になってから読むと違った魅力が見えます。どうぞお試しください。

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ABOUTこの記事をかいた人

埼玉県出身、東京- NYを経て、今はミシガン州立大学で音楽学部の博士課程に在籍中。 専攻はピアノ。 よく読むジャンル→ミステリー、ファンタジー、エッセイ、恋愛もの、歴史物、伝記、ノンフィクション、児童書 アメリカ中西部でピアノを弾いたり音楽について学んだり書いたり教えたりしています。 本を読んで現実逃避して寒さに耐えています。