人生には絶望がある。しかし闘うに値する希望もある。ハリエット・アン・ジェイコブズ 著 堀越ゆき 訳『ある奴隷少女に起こった出来事』

はじめに

皆さまこんにちは、のい(@Noipf426)です!今回はアメリカで出版後120年経ってベストセラーとなった、奴隷制を生き抜いた黒人女性の自伝について書かせて頂きたいと思います。皆様お察しの通り笑、ヘビーな内容ではありましたが、大変興味深い内容でした。この本の一番面白いところは読み手によって歴史記録もの、自伝、告発文、女性の自立、または一つの物語としてなど色々な角度からの見方が可能なところだと思います。

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私はここ2年間、アメリカの真ん中北あたりに位置する、ミシガン州に住んでいます。夏は美しく、冬はとんでもなく寒くなりますがなかなか良い場所です。
せっかくアメリカに暮らしている訳ですから、アメリカならではの曲が弾きたいと思って、先日ジャズの前身、黒人奴隷の音楽から生まれたラグタイムを弾きました。

https://instagram.com/p/BihhN3shhyf/
(動画はストリートピアノを弾いたのを私のiPhoneで撮影したものですので、音質やピアノの狂いなどをお許しください…!)
ウィリアム・ボルコム「四つのラグタイム エデンの園」より

私は専門がクラシックなので、こういう曲を弾くと大抵「なんか違う…」ということになります。しかし、何が違うか考えだすと突き止めるのはなかなか難しい。それを師匠に相談すると、
「あなたの音楽はいつもどこかに行こうと焦っているが、ラグタイムに目的地はない。常に変革を起こそうとしてきたクラシック音楽のコンセプトと、他人に運命を任せるしかない状況で生まれたラグタイムのコンセプトは根本的に違う。」
というアドバイスを頂きました。

これは私にとっては目から鱗のアドバイスで、その後何度も「どこにもいけない音楽、ひいては自分に決定権のない人生というのはどういうものだろう」と考え直すことになりました。

前置きが長くなってしまいましたが、そういった背景から奴隷制について書かれたこの本を手に取り、読んで深く考えさせられました。

あらすじ

読者よ、わたしが語るこの物語は小説(フィクション)ではないことを、はっきりと言明いたします。

アメリカ南部に生まれた少女、リンダは6歳で自分が奴隷だということを知らされる。年頃になり、彼女の持ち主であるドクター フリントからの性的虐待に耐えかねた彼女は、彼から逃れるために別の白人男性との間に子をもうける。その後ドクター フリントの元から逃亡し、祖母の家の天井裏に7年間潜伏した後、自由州NYに子供と共に逃れる。

一番はじめに「ラグタイムは自分に人生の決定権のない黒人奴隷文化から生まれた音楽」と書きましたが、この主人公、リンダ(作者ジェイコブズの出版時の偽名)はその絶望に必死に抗い、正に人生を賭けて自由を勝ち取ろうと戦い続けます。彼女の知的な筆致からは静かな怒りと、絶望の中に見出した希望がまざまざと感じられます。

作中、南部での奴隷への扱いの描写は壮絶です。逃亡しようとした奴隷が殺され、奴隷家族が競売にかけられて一家がバラバラになってしまう様子が何度も描かれます。主人から逃亡した後、捕まってしまえばどうなるかー リンダは立つことさえ出来ない狭く暗い屋根裏部屋で、錐で開けた穴から子供達の様子を見ることだけを頼りに七年もの間、何とか生きぬきます。その後、北部へ逃亡するくだりはあまりにも鬼気迫る描写で、息を詰めて読みました。

本作を読んで

絶望の中でこそ人の優しさは輝く

最も強い絆とは、苦しみに共に耐えた者のあいだに生まれる絆である。

普段平穏に過ごしていると通り過ぎていく親切が、辛い時には本当に身にしみる、そんな経験がおありの方は多いと思います。
この物語には人を人とも思わず奴隷を虐待する、どうしようもなく醜悪な人間が登場する一方、人間の美しさ、優しさを感じることが出来る人物も多く登場します。興味深いのは、「黒人=善、白人=悪」でもなく、「北部=善、南部=悪」でもないことです。例えば、リンダの隠れ場所を嗅ぎ回る意地悪な黒人奴隷もいれば、救いの手を差し伸べる白人もいます。そこにあるのは、個人の物語のつらなりであり、リンダが綴ったそれぞれの人生の記録でもあります。

事実とは何なのか

作中には、リンダが逃亡した際に出された実際の検証広告や、彼女の主人がリンダに向けて書いた手紙が出てくるのですが、そこにあるリンダ側と主人側から見た「事実」の解釈は全く違います。人は一つの出来事に対して無限の解釈が出来るため、実際に起こった「事実」に対して、解釈は人の数だけ無限にあることになります。私たちはつい、都合の良い解釈に身を任せ、一番都合が悪い解釈からは目をそむけようとします。そこに、このショッキングな物語が出版当時には受け入れられなかったヒントがあるように思います。

あとがきから学ぶこと

読者よ、わたしの物語は自由で終わる。普通の物語のように、結婚が結末ではない。わたしと子どもたちはいまや自由なのだ!

この物語はリンダが自由を勝ち取ったところで終わりますが、素晴らしい訳者である堀越ゆきさんのあとがきに、リンダや登場人物のその後も描かれています。また、歴史学者であるイエリン教授の研究によりこの本が蘇った経緯なども書かれており、大変興味深いです。訳者である堀越さん、また解説の佐藤優さんの本書についての考えもとても面白いので是非最後まで読むことをおすすめいたします!

最後に

私はこれまでアメリカの歴史の一部として奴隷制のことは知っていました。しかし、実態がどうであったかということには全く考えが及んでおらず、本書を読んで大きくショックを受けました。それと同時に、バイタリティーに溢れ、絶望的な状況の中でも強く希望を持ち続けるリンダに感銘を受けました。

現代に至っても世界中で差別の歴史が終わったとはとても言い難く、形を変えて存在し続けています。差別はいつも正義の顔をしているように思います。リンダの物語が、彼女が出会った個々の人間の物語でもあるように、私たちの人生にもそれぞれの物語があります。その一つ一つが、少しだけでも都合の悪い事実に目を向けることが必要であり、それにより小さな変化が起こるのではないかと、本書を読んでそんなことを思いました。とても読みやすい語り口で書かれています。是非どうぞ!

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