「舞台で演奏する」ただ、それだけの事なのに。恩田 陸 著『蜜蜂と遠雷』

はじめに

こんにちは、のいです!八月からわたしの本棚ライターに加わりました。どうぞよろしくお願いします!初めての書評となる今回は、2017年の本屋大賞になった恩田陸さんの小説、「蜜蜂と遠雷」について書かせていただきます。

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私は3歳からピアノを始め、どこでどう血迷ったか音高音大、果ては音楽博士課程へと、アラサーに至るまで音楽漬けで生きてきました。いつも「ピアノを弾くだけのことがどうしてこんなに難しいんだろう」と自問自答を続けています。

そんな中でこの「蜜蜂と遠雷」を読み、取材の緻密さ、心理描写の見事さ、音楽の描き方に感動しました。恩田陸さんがスゴイ小説家であるということは存じていましたが、ここまで取材なさって、書き上げるのはどれほど大変だったでしょう。ピアニストを描いた作品ですが、読み終えた後に「小説家すげえ…!」と思ってしまいました。

 

あらすじ

三年に一度開かれる「芳ヶ江ピアノコンクール」を舞台にした、若きピアニスト達の闘い。第1次予選に出場した90人から本選6人に絞られついに順位が出るまでの期間を、四人の出場者を軸に描く。

あらすじはこんなにシンプル。コンクール出場者がピアノを弾いてそれが審査されていく、ただそれだけです。

誰も謎の死を遂げたり、異世界に飛ばされたり、超能力バトルをしたりしません。(恩田作品ではどれも良く起こる事ですが)

物語の魅力はなんといっても四人の主人公を含めた登場人物達と、彼らが演奏するピアノ曲にあります。出場者も審査員も、「これは、あの人がモデルだろうか…!?」と実在するピアニストを思ってしまうくらいリアルです。また、音楽を文章で描くのは難しいと言いますが、各キャラクターの個性とコンクールという場の緊張感を見事に描き出す事によって一つ一つのピアノ曲が魅惑的に表現されています。

 

登場人物

 

風間塵

16歳で正規の音楽教育を受けたこともないまま、伝説のピアニストユウジ・フォン・ホフマンからの推薦状によってコンクールに出場。奇抜だが天才的なパフォーマンスで周囲を席巻していく。

風間塵は物語の中を引っ張るキャラクターであり、下手したら嘘っぽくなっちゃう天才型ピアニストです。これまでコンクールに出たこともないため、レパートリーもいわゆる「お約束」を外してきており、コンクールではほぼ弾かれないバッハの平均律一巻の一番やサティを弾いたりします。審査員からも賛否両論ですが、養蜂家である父と旅を重ねる彼の演奏には、自然の香りが色濃くあり観客を魅了します。そんな彼に一番ぴったりだと思ったのは、本選で選んだバルトークのピアノコンチェルト3番。ハンガリーで地方の村を周り、民謡を収集したバルトークの音楽は時に原始的で、自然を題材にしたものも多いです。

栄伝亜夜

かつては天才少女だったが、母の死をきっかけにピアノが弾けなくなってしまう。その後再び音楽に向かい合い、今は音大生。マイペースな性格。コンクールの中で周囲のピアニストから影響を受け、驚くべき成長を遂げる。

天才少女なのですが日本の「音大生」でもあり、友達とドレス選びをしたり深夜の学校で練習したり、結構身近に感じながら読みました。彼女のレパートリーはコンクール王道感があり、良いです。三次予選でシューマンのノヴェレッテンとブラームスのソナタ三番を被せて、最後にドビュッシーの「喜びの島」を持ってくるの良いですね。「喜びの島」は名演も多い人気曲です。フランスのピアニスト、サンソン・フランソワのCDを貼っておきます。

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Emi
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マサル・カルロス・レヴィ・アナトール

NYのジュリアード音楽院からやってきたコンクール大本命の「王子」。亜夜とは幼馴染で、昔一緒にピアノを習っていた。

クラシックのピアニストでありながら、作曲も出来て、ジャズも出来て、トロンボーンも吹けちゃう。でも嫌味にならない。いるいる、こういう完璧超人、と思って読みました笑。背が高く手も大きいキャラクターなので、レパートリーもパワー系の曲が結構入っています。作中でも多く扱われていますが、リストのソナタは三十分間休みなく駆け抜ける大曲で全てのピアニストにとっての「挑戦」です。

高島明石

音大を卒業し、楽器店で働いている。家族も出来てピアノからは遠ざかっていたが、「最後の挑戦」としてコンクールに挑む28歳。

私は作中、高島明石に一番共感しながら読みました。音大の卒業式は「失業式」なんて呼ばれる事もあるくらい、音大を卒業してから音楽を続けていくのは大変です。「生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者より劣るのだろうか。」という台詞が心に刺さります。彼のプログラムの中からショパンのバラード二番を往年の大ピアニスト、コルトーが演奏するCDをオススメします。

 

最後に

登場人物たちは音楽に苦しみ、しかしそこに歓びを見出し、音楽と向き合うと同時に自分自身と向き合っていきます。「蜜蜂と遠雷」は素晴らしいエンターテイメントであり、音楽を題材にした稀有な作品でもあります。夏の終わりに、ピアノの演奏を聴きながら読んでみるのはいかがでしょう?

人間の最良のかたちが音楽だ。
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ABOUTこの記事をかいた人

埼玉県出身、東京- NYを経て、今はミシガン州立大学で音楽学部の博士課程に在籍中。 専攻はピアノ。 よく読むジャンル→ミステリー、ファンタジー、エッセイ、恋愛もの、歴史物、伝記、ノンフィクション、児童書 アメリカ中西部でピアノを弾いたり音楽について学んだり書いたり教えたりしています。 本を読んで現実逃避して寒さに耐えています。