はじめに
昔からわたしは、とにかく絵が苦手だ。
義務教育での図工や美術の時間が苦痛で、絵心はゼロ。
そのせいで、絵画への興味は全然なかった。
高校で美術から逃げ出したその8年後に、原田マハ著『楽園のカンヴァス (新潮文庫)』と出会った。
美術に対する偏見を、根底から覆された。
なんておもしろいんだ、と思ってしまったので、ぜひ紹介させてほしい。
(右側は、本作のフランス語訳)
本作のあらすじとその展開
あらすじ
1983年、パリの大学院でルソーを研究している織絵と、MoMA(ニューヨーク近代美術館)のチーフ・キュレーターであるティムは、スイスの大邸宅に招かれた。
そこで2人は、ルソーの絵画「夢」に酷似した「夢をみた」という絵画の真贋(しんがん)判定をするよう求められる。
謎の古書を手渡され、毎日お互いが交互に1章ずつ読み、この本を元に判断しろという。
タイムリミットは7日間。どちらが勝つのか…!?
ストーリー展開の魅力
作中、手渡された謎の古書は、ルソーの半生を描いたものである。
古書の世界と織絵たちがいる世界、それぞれが上手く融合する。
織絵もティムも、ルソーの研究者であるため、彼に対する知識や洞察力は並大抵のものではない。
古書の世界を汲み取りつつ、ルソーの半生を重ね合わせ、真贋を判断していく。
この「夢をみた」という絵画は真作なのか?この古書は誰が書いたのか?謎ばかりのミステリー。
それを紐解くストーリー展開が、魅力だと思う。
「新しい絵」
モネもゴッホもピカソもすばらしい。しかし、なぜ、人々はアンリ・ルソーのすごさに気づけないのだろうか。
作中、ルソーについて、日曜画家というイメージから抜け出せないのは、「税関史(ドワニエ)」という枕詞でイメージ操作されているのでは、という会話がある。
画家としてはなんと悲しいことか。
ルソーは40代で税関史を突然辞め、貧乏な画家生活を送る。
彼の絵は、官展落選者の集まりの展覧会でも、人々の笑いの種になった。
ルソーの絵はその当時、「新しい」絵であり、まだ人々に受け入れられなかった。
「新しいもの」が受け入れるということ
本作に登場する古書の中でも、その当時、世間に受け入れられなかった画家を、1番近くで見ていた者の視点で読み進めていくのは、本当に胸が痛い。
読み進めるうちに、そんなに昔のことではないことに気づき、驚いた。
ルソーが生きていたのは、150年ほど前のこと。
その間に、織絵やティムのような研究者が尽力したからこそ、「素朴派の祖」と呼ばれ、世界中に愛されるようになった、現在のルソーの評価に繋がっているのだろう。
本作を始め、マハさんの美術小説は、史実と創作を掛け合わせている。
その掛け合わせが毎回、絶妙である。これもきっと、「新しい価値観」なのだろう。
美術に触れ合うこと
以前のわたしは、きっと美術館は敷居が高い、と思っていた。
しかし、実際はそんなことはなかった。
この作品がきっかけで絵画に興味を持ったわたしは、昨年の夏に、本作の冒頭に登場する大原美術館(岡山県倉敷市)へ赴いた。
本作に登場する絵画を、目の前で観ることができた。
美術館とは、芸術家たちが表現し生み出してきた「奇跡」が集積する場所。
(中略)アートを理解する、ということは、この世界を理解する、ということ。アートを愛する、ということは、この世界を愛する、ということ。
まずはじめの第一歩は、絵画に興味を持つことから。
本作にも絵画が多く登場するので、読みながらGoogle等で検索して画像を見るのがおすすめ。
わたしは今、名古屋市内の美術館で開催されている印象派の企画展を観に行くのが、とても楽しみである。
さいごに
作品を読む前と後で、表紙の絵画が全く違って見えるのがおもしろい。読む前よりも、その絵画への思い入れがとても深くなる。
そんな魅惑の世界を知ることができて、よかった。
また、古書を読むところで、「Bon Voyage.(よい旅を)」って声かけられるシーンが、毎回とても好き。
皆さんにとっても、本作が、よい旅になりますように。
そして、わたしはいつか、「お友だち」に会いに、MoMAへ行きたいと思ってる今日この頃。