官能の世界を味わい尽くす。村山由佳 著『ミルク・アンド・ハニー』

はじめに

村山由佳 著『ミルク・アンド・ハニー』を読みました。
(今回の書評はR-18なので、苦手な方はUターンでお願いします…)

思い返せば、彼女の作品を初めて手に取ったのは、高校生のとき。
恋愛小説の名手と名高い彼女の作品を、おいしいコーヒーのいれ方(通称:おいコー)シリーズの第1巻『キスまでの距離』から読み始め、好きになりました。

そこからまず、集英社文庫を読み漁りました。
ピュアな白村山(おいコーシリーズや、『天使の卵』など)も、ディープな黒村山(『翼 cry for the moon』や、直木賞を受賞した『星々の舟』など)もどちらも好みです。

この2面性に惹かれたことは間違いないですね。
わたしの実家にある本棚には、黄色の背の村山作品が、今でも並んでいます。

前作『ダブル・ファンタジー』について

初読時の衝撃

今回読んだ『ミルク・アンド・ハニー』は、『ダブル・ファンタジー』の続編ということで、前作について、まずは書きます。

『ダブル・ファンタジー』を読んだのは、20歳のとき。
当時のわたしは、言葉では到底言い表せないほどの衝撃を受けました。

柴田錬三郎賞・中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞をトリプル受賞したこの作品。
こういった官能小説で「女」の部分が表現されるのは、やはりまだ、賛否両論ある時代。
生きづらいですね。

そんな中、2018年には、水川あさみさん主演で、WOWOWでのドラマ放送がありました。
どうやらこのドラマきっかけで、この書評を読んでくれた方もいるようで、とても嬉しいです。
http://www.wowow.co.jp/dramaw/wf/

インタビューとメイキング動画を見て、正直、ゾクッとしました。

自分の中にいる奈津

『ダブル・ファンタジー』を読んだときに思ったことは、「わたしの中に奈津がいる」ということです。

主人公・奈津は、35歳の売れっ子脚本家。夫は専業主夫、自分は執筆に専念できる環境にいる。
しかしあるときから、夫の束縛や自分の中の強い性欲を抑えきれず、家を飛び出してしまう。
そこから、深い性の世界に潜り込む…というあらすじ。

この作品では、多くの男性が登場し、奈津と関係を持ちます。
女性が性欲が強く、こういった奔放な生き方は、世間的に疎まれることがほとんど。
当時20歳のわたしが、35歳の奈津に心底 共感したのは、わたし自身も同じ悩みを抱えていたからです。

自分自身の性欲の強さ。一時期は病気じゃないかというくらい、苦しんだことがあります。
病気じゃなければ、多重人格か。
それほどまでに悔いたし、この状況からは逃げられないかと思っていました。

語弊を恐れずに言えば、『ダブル・ファンタジー』を読み、わたしはある意味 救われたし、安心したのです。
なぜならここには、わたしもいるから。

本作について

相変わらず、自分の性欲にも、男にも振り回されている奈津。

久しぶりに読み返すと、最初に書評を書いた頃とは少し感じ方が異なりました。
読書の良いところって、展開がわかっていても、そのときの状況で何度でも楽しめることですね。

引き込まれる官能小説

冒頭、岩井とのセックスのあとに

結局こういうことになるのだ、と奈津は思った。
いや、違う。結局こういう女なのだ、自分は。

という地の文があり、あぁ、わたしはこうやって引き込まれるのだなと、改めて感じました。

「セックス込みで男女の友情が成り立つなんて奇跡に等しい」、この関係。
前作に引き続きですが、個人的に1番安心して見られたのは、岩井との情事だったかもしれません。

同棲相手・大林という男

本作でも、前作の登場人物は出てきます。
その中でも、前作で少し登場し、その後 同棲している大林に対する思いが、奈津の中ではとても強いです。

舞台俳優の彼は脚本を書きたいという気持ちがあり、最初は熱を持って奈津を口説いていた。
しかし同棲してからは、ただのヒモ。
働かない、脚本は一向に書かない、夜は毎晩飲み歩く、家事は一切しない。
挙げ句の果てには、セックスレス…

自由とは、得てして孤独と表裏一体のものだ。

せっかく前の旦那・省吾から離れられ、きちんと大林と向き合えるよう、「自由」になっても、状況は変わらなかった。
ひとつ屋根の下で暮らしていても、奈津の孤独は深まるばかり。

省吾とは「言葉」が通じないと奈津は言っていた頃があるが、大林の場合、「言葉」に強度があったよう。
脚本家の奈津には、それが刺激的だったのです。
しかしながら、それだけでは埋められないものがあります。

2人の間にある出来事が起こり、それまではいわゆる、「釣った魚に餌をやらない」状態だった大林でしたが、そこから彼の温度が変わっていきます。
一緒にいても触れられない状況に耐えられなくなると、奈津は外へ出てしまう。
自分の中にある欲を満たすものを求めてしまう。

大林が変わってしまったときの、そのトリガーは、奈津自身が引いてしまったのでしょう。

奈津の周りの女性陣

前作も本作も、とにかく男性が多く登場するので忘れがちになりますが、奈津の周りの女性陣がとにかく暖かいです。

母親との確執を長年引きずっていて、ここぞというときにはどうしても自分の気持ちを押し付けてしまう奈津。
そうやってため込む癖すら、わかると思ってしまいます。

そんなとき、編集者の杏子や、のちのち登場する琴美は、奈津の気持ちを理解した上でアドバイスをくれます。
その欲求に対しては似たものだったのだと思いますが、たぶん、奈津は何度も杏子の言葉に助けられたはず。

そして、

「あなたは、その時その時、自分が書くために必要な男を本能的に選んでそばに置いてるんだよ」

という言葉にハッとしました。

確かに、そう。奈津は様々な男に抱かれ、様々な感情を知ります。
そして何度となく、自分を責めます。
その描写が、とてつもなく、自分に似ていて、バカみたいな自己嫌悪を繰り返した頃の自分に似ています。

けれど、わたしもそうだったのかもしれない。
わたしもこうやって書評を書かせていただき、こうやって自分の体験を恥ずかしげもなく(少しは恥ずかしさもあるけど)、つらつらと書いているわけです。

そのために必要な男を、毎回そばに置いていただけなのかもしれない。
いま、この言葉でフッと体から力が抜けた気がします。

そして、いま、自分が安定しているからこそわかる、

セックスというのは、躰を通して 互いを受け容れ合い、許し合う行為だ。

という意味。
わたしもようやっと、「ほんものの自分の牡」を見つけたのかもしれないですね。

強欲の果ての地平へ

果てまで見届けたいのは、むしろ、今 現在の恋ではなく、自分のこのどうしようもなさだった。
物欲であれ、性欲であれ、いったん身のうちに芽生えた炎を決して消すことのできない、この強欲の果ての地平へたどり着いてみたいのだ。

ここまで挑戦的な発言をしていた奈津。
強欲の果ての地平。そこには何が見えるのだろうか。

奈津の決着。行きつく先。ぜひ見届けてほしいです。

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1992年、愛媛県西条市生まれ/新居浜市育ち。愛知県名古屋市在住。 『わたしの本棚』ライター。 好きな本のジャンルはミステリー。読書歴は約10年。 辻村深月、東野圭吾、森絵都、恩田陸、原田マハ、村山由佳作品をよく読みます。(敬称略) 辻村深月作品が特に好きで、情報収集や考察が日課。また、作品の舞台になった街へ赴く、聖地巡礼も楽しい。 読書の他に、旅行、アルトサックス、お菓子作りも好き。