
高校時代に出会ってから、繰り返し読んだ。そのたびにわたしを奮い立たせる、戦友のような作品。
愛しかない書評。書かせてください。
スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)
スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)
目次
あらすじとその魅力
本作のあらすじ
現代版トキワ荘とでも言えるような、クリエイターたちが暮らすアパートが、椎名町にある。
そして202号室には、中高生から高い人気を誇る小説家、チヨダ・コーキこと、千代田公輝(通称:コウちゃん)が住んでいる。
彼の小説を読んで育った人々が集うアパート、その名は「スロウハイツ」。
1度見てしまった夢を叶えるため、切磋琢磨する、スロウハイツの住人。
コウちゃんや、人気脚本家でありオーナーの環がいる中、傷の舐め合いは許されない。
早く追いつきたい、その気持ちで自分の目指すものに向き合う卵たち。
謂わば群像劇のスタイルで表現され、住人それぞれにスポットを当てた書き方になっている。
ある日、そのスロウハイツに1人の少女が引っ越してくる。
莉々亜(りりあ)と呼ばれたその子は、コウちゃんの小説の大ファン。
彼女が来たことで、今まで穏やかだったスロウハイツの形は、少しずつ変容していく…
本作の魅力
この作品を読むたびに思う魅力を、大きく2つ挙げる。
1つ目は、登場人物の熱にある。
コウちゃん、環を始めとする、第一線で活躍する人々はもちろんのこと、漫画家の卵・狩野、映画監督の卵・正義、画家の卵・スーなど、個性豊かな登場人物が、本作を支えている。
辻村作品を全作読んだ中でも、特に登場人物が際立ち、もっと言えば、“生きている”とさえ思う。
それほどの熱を、作中から感じられる。
2つ目は、登場人物が夢を追いかける姿にある。
「自分にとって何が武器になるのか。それを考えて、小説を書いて、漫画を描いて、必死に世界と関わろうとしてる。これが自分の武器なのだと考え抜き、これで訴え掛けることができないんだったら、本当に自分の人生はどうしたらいいんだって、一生懸命なのよ。世界に自分の名前を残したい、それを夢見てしまった以上は、と今日も机に齧り(かじり)ついている」
引用の通り、「世界に自分の名前を残す」ことの重みを、読みながら何度も感じる。
そのきっかけを掴めるなら、自分の身に起こったことを利用することだって、いとわない。
「最初はこれで構わない。とっかかりさえもらえるなら、後はもう歩ける。後悔しないと思う。みんなは違うの?」
その出来事を作品に昇華する強さこそ、彼ら・彼女らの本当の覚悟なのだと気づく。
「物語に救われる」ということ
言葉で書くと、「物語に救われた」だなんて、きっとダサいと思われることも分かっている。
しかし、本作を読めばわかってもらえると、わたしは本気で思っている。
小説の持つ力
ありきたりな感想だが、何度読み返しても、小説ってすごいと思ってしまう。
時には人間の価値観も揺るがしてしまう、そんな力を持っている。
1番つらい時期を、何かに支えられて乗り越えられたとか、これがあるから今まで頑張ってこれた、みたいなものがある方には、是非読んでもらいたい。
「私には、こんなに嬉しく思えることがある。そのくらい、私には好きなものが、好きな人が、いる」
こんなに好きなものがあるって、めちゃくちゃ幸せなのではないか、と思いながら、わたしは今、この書評を書いている。
近年のメディアミックス
演劇集団キャラメルボックスによる舞台化
最後に、近年のメディアミックスを紹介する。
本作の良さを、もっと知ってほしいと思っていた矢先、2017年夏に舞台化され、東京・池袋まで観に行った。
大好きで憧れ続けた世界観が目の前に広がっていて、大袈裟でなく、何度も泣いた。この再会は、忘れない。
http://www.caramelbox.com/stage/slowheights-no-kamisama/
漫画化
また、2016年11月号の『ハツキス』(講談社)より、漫画も連載開始。
現在、2巻まで書籍化されている。
スロウハイツの神様(1) (KCx)
スロウハイツの神様(2) (KCx)
タイトルは同名だが、「The Angel lives in the SlowHeights.」という英訳に、センスの良さを感じている。
神様というより、天使の方が近いかもしれないと思う、今日この頃。
http://kisscomic.com/kc/slowheights
「まぁ、なんていうか。あらゆる物語のテーマは結局愛だよね」
様々な愛に満ち溢れた『スロウハイツの神様』。
末筆ながら、この先も多くの方に読まれることを願う。