人生に疲れたときに、癒しの短編小説。森絵都 著『架空の球を追う』

毎日生きることに必死だと、どうしても疲れる。そんなときに、わたしは本に頼ることにしている。今回は、フッと肩の力が抜けるような小説を紹介したい。

森絵都著『架空の球を追う (文春文庫)』である。

あくまで主観だが、森絵都さんの作品は、青春小説から始まり、短編小説へつながり、大作へ進んでいったイメージ。2017年の本屋大賞2位の『みかづき』は圧巻!

 

お気に入りの短編

11個ある作品のうち、お気に入りをいくつか出してみます。

架空の球を追う

表題作であるこの短編は、少年野球チームの練習でのひとコマ。彼らは、コーチから指示された、そこには無い白球を追う練習をしている。つまり架空の球を追いかける練習をする子供を眺める母親たちは、子供の将来を架空の球に例え、夢想する。

何か将来や、これからの見えない未来にそれをなぞらえ、架空の球を追う瞬間、わたしにもあるかもしれないなぁ。

銀座、あるいは新宿

高校時代からの、気の置けない友人たちとの飲み会でのひとコマ。毎回、何かしらの議論をしては結局、意見が真っ二つに別れるこのメンバー。今回も「飲み会は銀座開催が良いのか?それとも新宿か?」問題について、議論を重ねる。

読んでいる読者からすれば、しょうもない議題だと思ってしまうけど、当の彼女らは真剣そのもの。毎回、こんなことやってるよね、って言えるその関係性が、なんだか良いなぁって思います。

この短編を読むたび、人生って悪くないなと思えるんです。不思議なことに。そんな作品です。

 

ハチの巣退治

職場にハチの巣ができた!ボスは自分が不在の間に退治してくれ、と部下に命じる。残された自分も同僚たちも、どうしても怖い。ハチの巣はグロテスク。

そんなときに、新聞広告で見つけた「なんでも屋」。すがる思いで電話をかけ、ハチの巣を依頼する…という短編。

たとえ私の人生に頭蓋骨大の性悪な不運がへばりついていたって、その気になればシュッと一息で吹きとばしてやれそうな気がしてきたの。強力な武器なんてなくても、大丈夫。大切なのは丸腰でも堂々と立ちむかうこと!

この引用は、主人公が最後にママに書いた手紙の一部。ここが毎回とても好きです。

 

ドバイ@建国中

石油会社の御曹司との、ドバイへの婚前旅行の話。これを読んでから、ドバイと聞くと、建国中だなと思うようになりました。

建国中の建物は、崩壊中の建物とよく似ている

この引用の部分には、ハッとさせられた。

そして、この婚前旅行で、お互いの素の部分を見せられるのも良かった。個人的に、アクシデントのシーンでの、御曹司の対応がかっこよかった。

 

あの角を過ぎたところに

以前、この短編を読んだことあるという人と話をしていたとき、「個人タクシーが好きになった」と話題になりました。この作品がきっかけ。

恋人と一緒に、とあるパーティーに行くために、タクシーに乗った。その個人タクシーの車窓から、以前よく通っていた飲食店が無くなっていることに気づく。いろんな偶然が重なり、そのタクシー運転手と共に、当時の飲食店の親方の家へ行くことになる。

人生って、思いもよらないことが、起こってもいいんだよな。

不思議な縁からつながる、久しぶりの親方との再会。楽しい宴のあと、ふと恋人が呟く言葉。楽しい意味だけじゃなくて、何か、それとは違う雰囲気も秘めた一言。

だからこそ、彼女は最後にこう言う。

やっぱり罠にはまった。そんな気がする。

 

森絵都作品の短編小説の魅力

短編小説の良さは、畢竟(ひっきょう)、「人生、短い中でもいろいろ起こる得る」ことを、その短い枚数の中で仄めかせることができるところではないでしょうか。

上記の引用は、同じく森絵都さんの短編、『気分上々』のあとがきから拝借したのですが、このような短編小説の魅力を存分に味わえるのが、『架空の球を追う』だと思います。この短編小説ひとつで、いろんな人の人生の、ほんの一場面を垣間見ることができた気がします。

素敵な、短編の宝庫。おすすめです!