おとうさんの代わりの、おとうさんの…?「おとうさんがいっぱい」

はじめに

 

やっと、近所にある市立図書館が開館した。

 

滞在時間は最大30分、手指のアルコール消毒必須。まだまだ通常通りとはいかないものの、本の虫としては開館してもらえるだけで涙が出るほどにありがたい。

大好きな場所を奪われる生活がこんなに苦しいとは思わず、「読書」という行為に自身がどれだけ支えられていたかが分かった、長い長い春だった。日々何度も手にして柔らかくなった紙をめくっては、ため息を付いていた灰色の日々ともやっとお別れ。一体、何を借りようか…。

そんな風に考えていた時、なぜか痛切に「あれ」が読みたい!という気持ちがわいてきた。

誰かに「あなたが今まで読んだ中で1番怖いと思う本は何ですか」と聞かれたなら、私は迷わずこの本を差し出すだろう。

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今回はこちらの「おとうさんがいっぱい」を紹介します。

じめっと蒸し暑いこの時期にぴったりの本なので、少しでもひやっと涼しい気分になっていただければ…。

どうも、まつのです。怖いなぁ、怖いなぁ…

とおい昔のこと

この本を初めて手に取ったのは、小学校の学級文庫だった。

当時から読書が大好きでたまらなかった私は、教室の隅に設置された小さな図書館にせっせと通っていた。めがねのちびで、運動も勉強も中の下の私には、そこだけがきらきらと輝く主人公になれる場所だったのだ。今でもぺらぺらのスチールでつくられた本棚の、冷たく愛しい埃っぽさを鮮明に思い出せる。

学級文庫には、生々しすぎる戦争体験の本や、これまた怖~い学校の怪談本など「びびり」な私が普段絶対手には取らない本もあり…その中に本書は混じっていた。

朱色の表紙の中、まったく同じ顔で並ぶ3人のサラリーマン。これ以上にシンプルでありながら内容を的確に表している装丁を私は知らない。

作者は「風の陰陽師」「キツネのかぎや」を手掛ける児童作家の三田村信行氏。同作者によるコミカルな「キャべたまたんてい」と本書の温度差に私は大きく驚いたものだ。

本書について

本書は短編集であり、5つの小話で構成されている。

  • 「ゆめであいましょう」
  • 「どこへもゆけない道」
  • 「ぼくは五階で」
  • 「おとうさんがいっぱい」
  • 「かべは知っていた」

 

内容は小学生でもわかる漢字を用いて、難しいところにはふりがなを振ってある。文字は大きく、挿絵もあって読みやすい。しかし、油断をしていると形容しがたい気持ちの悪さに容赦なく引きずり込まれる。

例えば、私が一番衝撃を受けた「ぼくは五階で」。主人公は共働きのおとうさんとおかあさんがいる男の子、ナオキ。

一人でおるすばんをする彼は公園で友達と野球をしようと、いつも通り五〇一号室のドアを引く。あれ、開かない。今度はドアを押してみる。すっと開く。

すると、不思議な事にナオキは外ではなくもとの五〇一号室の中にいるのだ…。

このドアから外へ出られないことはたしかだ。けれど、ナオキは外へゆかなければならない。

みんなが公園で待っている。

そこからナオキはベランダからつなわたりをしてみたり、ソバ屋の出前を頼んでみたり、あらゆる手段で部屋を出ようとする。しかし、彼は必ず501号室に帰ってきてしまう。自分の意志とは関係なく。

一体ナオキがどんな悪行を働いたというのだろう。彼はおりこうに留守番をする、どこにでもいる小学生だったのに。終わり方も救いがなく、なんだか後味が悪く、読後はじっとりと暗い。

 


 

そこに間髪入れず、やってくるのが表題作の「おとうさんがいっぱい」だ。

いつも通りの土曜日、家族の団らん。それを崩すのは一家の大黒柱であるはずのおとうさん。

なんたって、おとうさんが3人に増えるのだ。

本来、世界にオンリーワンの存在であるはずの自分とまったく同じ「ドッペルゲンガー」が現れたなら、その存在価値はどこへ行ってしまうというのだろう。

おとうさんが息子のトシオに認めてもらおうと買収するシーン。キタナイ…。

あらゆる家庭で父親が増え、はちゃめちゃに回転した社会。なんとか収束したと見せかけ、

「あっ」

と鳥肌の立つようなラストシーンも印象的だ。誰もが考えたことのある「もしも」を的確に表現する手腕の恐ろしさたるや…。

また、随所に入る挿絵は神戸出身のイラストレーター・佐々木マキのもの。シュールでありながら、ポップな頭身のキャラクター。細かい線の美しさはずっと見ていても飽きない。

本書の素晴らしさはあの時のまま鮮烈で、むしろ輝きを増しているようにすら思われた。

 

さいごに

とおい昔、子供だった私。

おとなは全員よくわからないルールに則って動くずるい生き物に見えたけれど、さりとて同年代の子たちともあまりなじめなかった。そんな自分に、誰にも気づかれないまま世界の隙間に落っこちてしまった者たちの物語はそっと寄り添ってくれたのだ。

自身が大人になった今、おとなは自由で楽しかったり、見栄っ張りでずるかったり、やっぱりよくわからない生き物だ。だけど私はそう感じる子供の心も自分の中に残しておいてよかったと思う。

(いい天気だな。こんな日にゃあ、なんかいいことがきっと起こるぞ。)

ほんとうに、めずらしくからっとはれあがった日曜日の午後だった。

 

最後の行を読み終わり、私はぱたん、と本を閉じる。

あぁ、怖かった。でもよかった、これが現実じゃなくて…。

あれ、待てよ。

 

 

わたしが「ふつう」と思っているこの世界は、本当に「ふつう」なのかしら?

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ABOUTこの記事をかいた人

まつの

どこにでもいるふつうのだいがくせい。日常とコーヒーをガソリンに文字を吐き出す日々。美術館・博物館を巡り、ひとりでふらふらいろいろなところに出かけるのが趣味です。 小説、マンガ、エッセイ、絵本、図鑑等、何でも大好き。夜行性で雨の日を好みます。