この痛みが、明日を強くする。宮崎夏次系「夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない」

はじめに

この漫画には、どうしても忘れられない思い出がある。
今でもはっきりと覚えている。年明けから幾日か経った厳しい寒さで、中心街では珍しいことに、雪がちらついていた。

そんな日にフラッと立ち寄った古本屋。何を買うでもなく漫画を見ていたところ、本書と出会った。一度見れば忘れられない特徴的な絵柄と独特なテンポ感は、強烈なインパクトを残した。

しかし、手痛いことに、わたしは名前も作者もメモをしないまま古本屋を出てしまったのだ。後に残ったのは数コマの朧気な雰囲気だけ。けれど、どうしてももう一度読みたかった。

そのつぎに

日々別な本屋に入っては「この本でもない」「あの本でもない…」と探し続けることになり、数年がたったある日。

引っ越した町の散策ついでに入った古本屋で、偶然再会!

あまりにもドラマティックすぎて、誰にも渡すまいと抱きしめるように本をレジへ持って行った。ちょっと泣きそうになっていたかもしれない。

それ以来、本書は自分の本棚の中でも大事な1冊になっている。
そうして、はじめてこの場で文章を書かせて頂く私の、自己紹介代わりになる一冊でもあるのだ。
今回は宮崎夏次系の「夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない」を紹介させて頂きます。

はじめまして、まつのと申します。よろしくお願いします。

私の本棚上。お気に入りの変なものコレクション達。

本書について

本書は「培養肉くん」僕は問題ありません」など数多くの作品を描く、若き女性漫画家・宮崎夏次系の作品のひとつで、9つのショートショートが収録された短編集形式の漫画だ。
それぞれは独立した内容だが、共通しているのは、登場人物たちが皆「どこか孤立した立場にある」ということ。

例えば本書のタイトルにもなっている、第2話「夢から覚めたあの子とはきっとうまく喋れない」は、難病を抱える少年と不登校少女のボーイミーツガールであり、彼らがこっそりと繰り返す夜の交流が描かれる。

第7話「石鹸」では、家出した兄がひょっこりと帰って来るところから、家族という歯車のかみ合わなさが妹の視点で切り取られている。また第9話「妙な夢」の、決まったルーティーンを守らねば生活できない男と結婚した女性の奇妙な夫婦生活は、触れれば壊れてしまいそうな、危うい空気に満ちていた。

宮崎夏次系の描く人々は皆、おもしろおかしくてずれている。そしてどこか、すこしずつ不幸だ。
親の死、病気、リストラ、家庭内暴力、宗教。

コミカルさの中に、一滴のアンハッピー。その絶妙な塩梅がたまらない。

印象的な言葉

寡黙な夫がある日、ポン、と音を立てて狂ってしまうところから始まる第3話「リビングで」では、こんな言葉が出てくる。

「僕はおとーさんが変になって良かった 前より話しかけやすいし 変になってよかった…」

これはいじめに遭っていて、同年代が楽しむケイドロにも混ぜてもらえない男の子、ジロー君の発言だ。夫の異変を見て見ぬふりし続けた妻と、ついに狂ってしまった夫。そしてみそっかすの息子、ジロー君。

少し前に死んでしまった、義母と犬のキヨサダ。

立ちのぼる、孤独のにおい

閉塞感のあるリビングという空間の中、3人の登場人物と、1人と1匹の死だけがぽつんとある。
家族というひと固まりのはずなのに彼らはどうしようもなくばらばらだ。

「うまく言えない」と顔を真っ赤にして涙を流すジロー君の後ろ姿は耐え難いほどさみしい。

私は読むたびジロー君と一緒に泣きそうになってしまう。

名づけられる関係の苦しさ

この世界はひとつの塊であるようで、よく目をこらせば、何十億という人がひしめき、うごめきあって生きている。

私達の見ているもののひとつひとつは、世界を何十万倍もの倍率でズームアップしたものに過ぎない。そのズームアップされた世界で織りなされる「家族」「友達」「恋人」「仕事」の枠組みたち。

それらは温かくも、時々どこか煩わしいと思う瞬間がないだろうか。それらを愛しながらもどこか「やめてしまいたい」と感じる自分が居やしないだろうか。本書はそういった日常に潜む、叫びだしたくなるような苦しさと、時々吹きすさぶ孤独感のくぼみにぴったりとはまる。

毎日頑張って「普通のふり」をしている人たちの、味方となってくれる一冊に違いない。

さいごに

つらつらと語ってしまったが、本書の良さは何といっても「読まないと良さが伝わらない」ことにある。
本書は「バトル物」や「恋愛物」などの一言で説明できるような枠を持たないし、何より私の持ちうる語彙だけでは魅力が伝わりきらない。ぜひとも本書を手に取り、独特の雰囲気を胸いっぱいに吸い込んでみてほしい。

内容だけでなく、漫画の風貌もたまらなく素敵で、「良いコミックデザイン」(著:KT.)でもその表紙は紹介されている。パッと開いたときに目に飛び込む水色の見返しには細かいこだわりを感じられるし、カバー裏にもとても面白いイラストが隠されている。

パッと目に飛び込む水色の見返し。カバー裏のイラストは手に取ってみてのお楽しみ!

先述したように、登場人物達はみんな「孤独」で、「ちょっと不幸」だ。

けれど彼らはどうしようもなくダメな人間たちでありながら、どうしようもなく優しい。私は本書のそんなところに無意識に惹かれ、長年探し続けられたのだと思う。

今も目を閉じれば、あの日見た雪と、ちょっと変な形の雪像を作る女の子の一コマが、いつだってリンクして思い浮かぶのだ。

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ABOUTこの記事をかいた人

まつの

現在、管理栄養士を目指している大学3回生です。 大阪で姉と2人暮らしをしています。 趣味は絵を描くことと、美術館・博物館めぐりです。 昨年はクリムトやミュシャに加え、東京・上野でミイラを鑑賞しました。大阪の茨木にある、国立民族博物館が大好きです。 一人で旅行や散歩、先述したような美術館・博物館などに出かけては、それを絵日記に仕立てています。よろしくお願いします。