どこまでも深い優しさに満ちた言葉たち。幡野広志 著『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』

ライターの瀬奈サヲリ(@senna_saori67)です。

仮に、あなたに可愛い子どもと配偶者がいたとして。
仮に、あなたが余命3年を宣告されたとして。

そんな時、愛する子どもに、何を残していきたいと思うだろうか。

写真家の幡野広志さんは、自身の息子に言葉を残そうと決めた。

幡野広志著『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』は、そういう本だ。

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遠くにぼんやりと見える灯台のような


幡野さんは、2017年に多発性骨髄腫で余命3年の宣告を受けた。

そんな状況からの『息子へのメッセージ』は、もっと強い言葉が並んでいるのかと想像しがちだ。
でも、実際に幡野さんが綴る言葉達は、極めて落ち着いたトーンで、すんなりと心に染みてきた。

押し付けがましさが微塵もないことについては、幡野さんが冒頭でこんな風に書いている。

書くまでもない話だけれど、僕の言葉はスマホの地図アプリやカーナビみたいに、絶対的な道案内ではない。そもそも35年しか生きていない、普通の男である僕の人生案内に、GPS並みの制度はないだろう。
いっぽうで、僕にも「これはこうだ」と信じるものはあるけれど、自分の考えを道しるべのように振りかざして息子を誘導したりしたら、彼の人生の邪魔にしかならないだろう。
だから僕の言葉は、自分で道をつくり、自分で歩いていく息子がふっと立ち止まったとき、遠くからぼんやり見える灯台くらいでちょうどいいのだと思う。

この部分に、幡野さんの物事に対する姿勢が凝縮されているような気がする。
自分の信じるものは、確固としてある一方で、他人には他人の価値観があり、それは例え自分の息子だとしても例外ではないということ。
頭ではそうとわかっていても、きちんと態度で表せる人は、なかなか少ない。

幡野さんは、ガンだということを公表してから、人生相談のようなものを受けることが増えたと言う。
でもそれは、ガンだからという事だけではなくて、幡野さんのこういう姿勢が、人に「この人になら相談してみたい」と思わせるのではないかと思う。

自分が愛されていた、ということを思い知らされる

本書のなかでは、大きく分けて4つの事について書かれている。

  • 優しさについて
  • 孤独と友達について
  • 夢と仕事とお金について
  • 生と死について

いずれも、息子に伝えたい・学んでほしい・教えておきたい・いつか一緒に話したい、という想いが根底にあるものだ。

幡野さんは現在35歳。息子さんは2歳。
今年30歳になった私は、どう考えても幡野さんの方が年代が近いはずなのに、終始息子さんの側の視点で読んでしまった。

私がまだ、子どもをもっていないからかもしれないけれど、それにしても不思議な話だ。

そうして、一つずつ読み進めていくなかで、幡野さんの息子さんに対する深い愛情を感じるとともに、自分も同じように両親から愛されていたことを思い知らされた。

幡野さんはとても人間的に成熟した人だと感じるけれど、「人の親であること」に対して、まだ少し不器用で、手探りな部分が垣間見える。けれど、そういったある種のぎこちなさこそ、幡野さんが息子さんを愛している証のように思えるのだ。

そしてその姿は、自分自身も忘れていた遠い日の両親の姿に重なって見えた。
きっと、私もこうやって、試行錯誤しながら育てられたのだろう。

淡く照らす光のような

本書に込められた深い優しさと、大きな愛情に、何度も目頭が熱くなるのを堪えに堪えた。
けれど、「おわりに」を読んでしまったら、もう無理だった。外で読んだことを後悔した。

悲しいのでもない、感動したのでもない。
ただただ、胸を打たれた。
こんな風に愛されている息子さんは、きっと幸せだろう。

本書を通して、その愛情の片鱗に触れることができた私にとっても、この本は人生という道を、淡く照らす光のような存在になることだろう。

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