もしも架空の「普通」に縛られていたら。泉谷閑示 著 『「普通がいい」という病』

こんにちは、もるです!

最近よく思うことは、
これほど情報過多で色んな人で溢れる世の中では
ある程度に”盲目に生きること”が出来る人の方が幸福度が高いんじゃないかなあということでした。

よく、

  • 「自己肯定感が低い」問題
  • 「自分に自信が持てない」問題
  • 「自分に満足できない」問題

を抱えて、とこどなく悩んでいる人がいるとおもいます。(私もその中の一人です。)

そして、そういう問題が消えない部分に、
自分も含めみんな何処かで「普通」に縛られているのでは?と思いました。
または、誰かのいう「普通」に偏っているのかもしれません。

そんな中で、「ドンピシャだ!」と思ったのがこちらの『「普通がいい」という病』本です。

 

「自分で感じ、自分で考える」

 

今、私たちが取り組まなければならないのは、人間という根本的な特性を深く理解し、
その上で「自分で感じ、自分で考える」という基本に支えられた生き方を回復することです。
そのためには、外から仕入れた公式にただ数式を入力するような考え方を捨てて、今まで疑うことなく信じていたさまざまな常識や知識を、一度ていねいに洗い直してみる作業が必要です。

生き方を俯瞰する際に、自分で考えるよりも、自分の感性や感情を深掘りするよりも、
多数派の価値観やいわゆる王道ルートに沿って生きる方が「人生は円滑だ」と悟るようになってしまうのではないでしょうか。

自分の方向性や感性が向いている場合なら、何も問題なく進みそうですが、そうでない場合はどこかで違和感を感じて生きることになるのではないかなと思います。

本書では、そんな「自分で感じ、自分で考える」ことの手がかりになるような話から、あらゆる立場の方に何らかのヒントになる10章の講義形式で書かれています。

 

「普通」に怯え、「普通」に憧れ、「普通」を演じる

 

「普通」という言葉には、平凡で皆と同じが良いことなんだとか、「普通」に生きることが幸せに違いない、という偏った価値観がベッタリとくっついています。
つまり、「普通」になれば「普通」に幸せになれると思い込んでいるわけです。しかし、幸せというものには、「普通」はない。
なぜなら、「普通」ではないのが、幸せの本質だからです。

生まれた時、幼かった頃、「普通になりたい!」と羨望することはなかったと思います。

しかしながら、どこか周囲の視線や言葉によって傷付いたり不安を感じた背景があると、「普通」でないことはまずいことなのかと考えるようになってしまいます。

そのような背景を持った人が他人へ求めることも、同じく、「普通」であることです。
こうして、「普通」を信奉する価値観を代々継承していこうとしてしまいます。

「成熟した愛」と「未成熟の愛」

 

・・・幼児の時の愛は<私は愛されているゆえに愛する>という原則に従っている。
成熟した愛は<私は愛するゆえに愛する>という原則に従っているのである。
未成熟の愛は、<私はあなたを必要とするゆえに愛する>といい、成熟した愛は<私はあなたを愛しているので、あなたを必要とするのだ>という原則に従っているのである。

エーリッヒ・フロム「愛するということ」より

愛とは、相手(対象)が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ちである。
欲望とは、相手(対象)がこちらの思い通りになることを強要する気持ちである。

フロムはここで、成熟した愛を愛と呼び、未成熟の愛を欲望と読んでいます。
また、愛が「心」由来であるに対して、欲望は「頭」に由来するものだとも呼んでいます。

親子関係などでありがちな、「あなたのために」という行為も、正体は「欲望」に起因しています。
何処かで見返りを求めていたり、感謝されることが前提の相手への思いなら、それは自分の欲望が入っているなあとこの一節を読んで感じるようになりました。

 

 

日々のあらゆる考え方や物事を、色んな哲学家や著名人の言葉を用いて解説しており、読み応えのある本でした!

 

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鹿児島出身、関西在住。社会人2年目。 わたしの本棚 ライター 好きなジャンル:恋愛、ビジネス、エッセイ 好きな著者:江國香織、森絵都、東野圭吾、伊坂幸太郎、吉本ばなな、はあちゅう(敬称略) 商社でプロダクト関連のデザインのお仕事をしています。 書くこと、デザインすることをお仕事にしていきたく奮闘中・・・!
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