“友情”をどう考えるか。 武者小路実篤 著 『友情』

こんにちは、環(@echo3i_r)です。
今日の書評では武者小路実篤の代表作『友情』をご紹介したいと思います。

この『友情』は、今からちょうど100年前の1919年に世に送り出された小説。
恋と友情が絡み合うとややこしいことになるのは、今も昔も変わらないみたいです。

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『友情』をお勧めしたい理由

なぜこの『友情』を紹介しようかと思ったかというと、私がいわゆる文学作品を読み始めたころに読んだ小説だったからです。
1冊目は太宰治の『人間失格』、2冊目がエミリー・ブロンテの『嵐が丘』、3冊目がこの『友情』でした。ちなみにその後はガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と続きます。(特に『オペラ座の怪人』は大好きな話で、いつか書評も書いてみたいと思っています。)

私は高校生の頃、やはり小説好きだったのですが、ミステリーや歴史小説、恋愛小説などいわゆるエンタメ系の小説ばかり読んでいました。
そんな頃に出会い、「あれ? 案外文学イケるかも?」というきっかけになったのが、『友情』です。

『友情』は昔特有の少しくどい言い回しはありつつも、かなり読みやすい文体で、またボリュームも少なく、何か文学作品を読んでみたいと思っている方へお勧めしたい本です。

内容紹介

登場人物とあらすじ

有名作なので説明不要かもしれませんが、簡単に内容をご紹介しますと、

簡単な関係図(画像元データ:いらすとや)

  • 主人公は、野島という脚本家の男性。彼には友人の、新進気鋭の小説家 大宮がいます。
    ふたりは深い友情で結ばれており、創作の面でも互いに刺激を受ける、良い関係です。
    そんなふたりの前に現れたのは、野島の友人 仲田の妹である杉子
  • 恋愛経験のない野島は清らかで美しい杉子に恋に落ちます。
    野島の杉子への想いは日を増すごとにつのるばかり。
    野島がそんな想いを相談できるのは親友の大宮しかいませんでした。
  • 親友の大宮も、野島の恋が成就することを願っているように描かれ物語は進んでいくのですが、
    ある日、大宮は突然、西洋に旅立ってしまいます。
  • 果たして野島、大宮、そして杉子の三人をめぐる友情と恋の行方は?

という現代の恋愛ストーリーに負けず劣らずの三角関係を描いた恋愛小説です。

作者本人によるネタバレ

あらすじと人物紹介をしましたが、この『友情』のちょっと面白いところが、本を開いてすぐの1ページ目にある、作者本人によるまえがきで、盛大なネタばらしが行われているところ。
読者は小説本編を読む前に、友情と恋の結末を知ってしまいます。

作者本人が導入でネタバレしているということで、本記事も以降、『友情』のネタバレを含みます。(ネタバレが嫌な方はここで読むのは止めてください!)

まえがきを抜粋したのが、こちら。

(前略)しかし恋にもいろいろある。一概にはいえない。この小説の主人公は杉子と結婚しなかった為にほかの女と結婚したろう。そして子が生まれたろう。その子が男で、大宮と杉子の間に出来た女の子を恋して結婚するということも考えられないことではない。

本編前に結末部分が読者に向けて明かされているのに、私は初読時はかなり驚きました。
あらすじから、恋と友情に揺れる三角関係のような展開を予想していただけに、「野島、失恋するんかーい!」といった気持ちでした。
そう、主人公の野島は恋に破れ、思い人 杉子が選んだのは友人の大宮なのです。

おそらく作者の武者小路実篤にとって、書きたかったのは恋の行く末ではなく、あくまでも友情だった、ということでしょうか。

野島と大宮

第一部は野島視点、第二部は大宮と杉子の視点

  • 『友情』は二部構成になっており、前半は野島を主人公として、彼の恋の物語が描かれています。
  • そして後半 第二部は西洋に渡った大宮と杉子の往復書簡でという構成。
    読者は大宮と杉子の関係を知らなかった野島と同じ視点で、二人の関係とこれまでのいきさつを知らされるという衝撃的な構成です。

野島という男

主人公の野島は、客観的に見て冴えない青年として描かれています。
彼はこれまで恋を、そして女性を知らない男性で、杉子に恋してからは、杉子のことばかり夢想するようになります。

野島は少し乙女っぽいところがあって、悪い言い方をすればくよくよしているのですが、私は彼のそういう一面が嫌いになれません。杉子の幻想を作り上げ、自分勝手な恋愛を夢想してしまいますが、「嫌われたらどうしよう」と不安になったり、読者にとって等身大的な一面も多分に持った人間です。

印象的なシーンが、野島が夜に一人で海に行き、海に石を投げるというシーン。
3つ以上波の上をきってとんだら杉子とうまくいく、砂の上に杉子という字を書き、その字が押し寄せる波で消えなかったら、杉子と自分はうまくいく……。野島はそう考えます。

はーーーーー乙女か。
現実にこんなくよくよした男の人がいたら、私はたぶん好きにはならないのですが、物語のなかで登場するとどうにも嫌いになれないんですよね。
好きな人が自分のことをどう考えているのか、わからなくて、ちょっとしたことで一喜一憂する……。
人が恋愛するとき、野島のような一面がかなりの確率であるんじゃないかと私は思います。

杉子 → 野島

そんな野島のことを、杉子は大宮へあてた手紙において、こう綴っています。

野島さまは私というものをそっちのけにして勝手に私を人間離れしたものに築きあげて、そして勝手にそれを賛美していらっしゃるのです。

あーーーこれはイタい
野島が杉子の幻想をつくりあげ、それに恋していることを、杉子も見抜いています。
杉子が感じているように、野島の恋はかなり主観的な、相手不在の恋であるように私は感じます。

大宮

一方の大宮は、好青年という雰囲気がにじみ出てきます。主人公の野島とは対照的な男性かもしれない。

私が「やるなあ、大宮!」と思ったシーンは、野島や大宮といった男性陣と杉子がみんなでピンポン(卓球?)をする場面。
男性たちはみんな、杉子のご機嫌をとっている様子で杉子を勝たせてやっている和やかなムード。
そして野島の番になるのですが、彼は運動ができず下手くそで困ってしまうんです。
すると大宮が「野島の代理を僕がしましょう」と言って交代するんですが、
大宮は杉子をこてんぱんにやっつけます。

大宮はピンポンが上手で、杉子がちやほやしたくなかったんですね。

大宮と杉子

大宮と杉子の往復書簡

第二部は大宮と杉子の往復書簡により、物語が進みますが、なんとこの手紙でのやりとりは小説のような体裁で雑誌に掲載され、その雑誌を大宮は友人の野島に送りつける、という衝撃の展開なのです。
「大宮、そこまでせんでも……」と思いますが、これは彼なりの友情だったのだと思います。

大宮ははじめから、野島を裏切るようにして杉子と結ばれようとしたわけではありません。
むしろ彼は、野島との友情のために身を引こうとしていました。
手紙でも、「どうか野島を愛してほしい」と杉子に嘆願します。

野島をどうか愛してやって下さい。愛される価値のある男です。人づきのわるい不愛想で、怒りっぽい、しかし人のいいことは無類です。もう一度見なおして下さい。僕を信ずるならば、野島を愛して下さい。必ずいろいろのいい所を発見されると思います。僕は嘆願します。野島を愛して下さい。

僕はあなたが僕に厚意を持ち出したことを感じたので、僕がいてはいけないと思って、日本を去ることにしたのです。僕さえいなくなればあなたは当然、野島を愛して下さると思ったのです。

大宮の苦悩

西洋に渡ったのもこれ以上ふたりの側にいれば、友人を応援できない、杉子への気持ちを隠しきれなくなる、と感じた末の行動でした。
杉子との往復書簡のなかで、大宮はこのように綴っています。

尊敬する友と女の奪い合いをするのがあさましく見えた。その女の周りに多くの男があさましく集ってその女を女王のように大事にして、肉欲を隠した衣を着た狼の仲間入りするのが嫌でもあった。

男たち皆で杉子をちやほやし、下心を抱いている様子が大宮にとっては苦痛で、自分もそうなりたくないと考え、杉子への想いを封じていたのでしょう。彼のそういう姿勢を、杉子は好ましく感じたのかもしれません。いやあ、恋って時に残酷。

しかし、その大宮の固い意志に風穴を開けたのは、杉子の熱烈な愛情でした。

私は女です。私にはあなたのお役に立つことより他に望みはないのです。私はあなたのわきにいて、あなたを通じて世界の為に働きたい。人生の為に働きたい。私のこの願いをどうか、友情という石で、たたきつぶさないで下さい。

杉子の大宮への一途な思いが、次第に野島への友情のため蓋をしていた思いをこじあけるのです。この往復書簡の第二部の熱量、というか込められた愛の力は凄まじく、読むたびに圧倒されます。

武者小路実篤が描いた友情

白樺派らしさ

武者小路実篤は白樺派の作家として有名ですが、白樺派の特徴として「性善説的で純粋な作風」が挙げられると思います。普段人が押し隠している負の一面を描き出すようなことはないし、性善説的な考えのもと、物語は進みます(武者小路実篤に限った話ではありません)。

大宮は野島という人間を信じているからこそ、彼が失恋から立ち直ると考えていて、だから彼に杉子とのすべてを告白しました。
相手のことを心から信じているからこそ、傍目からは裏切りだと言われかねないことも、友情の名の下に行うんです。
私だったら重すぎるその信頼も、野島は受け止めます。彼は大宮へ宛てた手紙で、

僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。見よ、僕も男だ。(中略)いつか山の上で君達と握手する時があるかも知れない。しかしそれまでは君よ、二人は別々の道を歩こう。君よ、僕のことは心配しないでくれ。傷ついても僕は僕だ。いつかは更に力強く起き上がるだろう。

と二人を許し、そして仕事にまい進することを宣言します。「野島、お人好しじゃない?」と私なんかは思っちゃうんですけどね。
でもこれが、武者小路実篤が書きたかった友情なんではなかろうかと思います。

大宮と杉子の書簡からは、野島をあざ笑うような描写もなく、友人の大宮、そして杉子も失恋が彼の創作活動の刺激となり、素晴らしいものを世に送り出すだろうと確信している様子です。
負の描写のない爽やかな愛と友情の物語で、友情のはざまで揺れる恋の残酷さや切なさが描かれているからこそ、今なお読み継がれる名作となっているのかもしれません。

友情

はたしてこの『友情』、皆さんの心にはどのように映るのでしょうか。
同じ状況を現代に置き換えたらどんな話になるだろう、逆に女性の友人ふたりが男性をめぐる物語だったら絶対こうはならないな、など私はあれこれ考えたりしつつ、楽しみながら読みました。

この記事のタイトルは、正直迷いました。はじめは、「恋と友情、どちらを選ぶか?」といった具合に、三角関係に重きを置いていたのですが、書いていくうちに「やはりここは、友情だな」と考え直しました。

私はこの野島と大宮の友情、結構好きです。
男同士の友情についての書評を書いたから、いつか女同士や男女の友情についても考える記事も書いてみたくなりました。
機会があれば、またいつか。

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。

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