40年前に出版された、村上春樹のデビュー作。 村上春樹 著 『風の歌を聴け』

こんにちは、環(@echo3i_r)です。

今日は今から40年前に出版された、村上春樹氏のデビュー作『風の歌を聴け』をご紹介します。
実は私、村上春樹さんの本を手にするのは、今回が十年ぶりでした。

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ちょっと苦手だった村上春樹作品

村上春樹氏は日本人の多くが知っている、日本を代表する作家のひとりだと思います。

私はちょうど十年前の学生時代に少しだけ、村上春樹氏の本を読みましたが、その頃はしっくりこず、好きになれませんでした。
正直に告白すると、「論理性がなくてよう分からん」「言葉がキザっぽい」といったマイナスの印象を抱いていました……。
(あと性描写が結構多くて、それも苦手だった理由のひとつ。)

十代の私は今よりもかなり理屈くさく、読んだ本に対しても何かしら自分で納得をしないと気が済まなかったのですが、村上春樹氏の作品はそれができなくて悔しかったのだと思います。
(ちなみに読んだ本は国語の教科書に載っていた『青が消える』という短編、映画化もされている『ノルウェイの森』、ちょうどその頃に最新長編として話題をよんでいた『1Q84』、だったかな。)

前置きが長くなりましたが、歳も重ね、今の私が村上春樹を読んだらどうなるか?
ということで『風の歌を聴け』を読んでみました。
ちなみにこの本は、村上春樹氏のデビュー作であり、出版は1979年。
ちょうど今年で出版から40年を迎えます。

内容紹介

1970年夏、あの日の風は、ものうく、ほろ苦く通りすぎていった。
僕たちの夢は、もう戻りはしない――。群像新人賞を受賞したデビュー作。

1970年の夏、海辺の街に帰省した<僕>は、友人の<鼠>とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。
2人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、<僕>の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。
青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。

出展

 

象徴的な言葉づかい

村上春樹の言葉づかいについては、パロディも多くされているように、私ごときではうまく表現できない独特なものだと思うのですが、この『風の歌を聴け』の書き出しの一文が、まさしく象徴的だなあと思いました。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

私はこの本が世に生まれ出て40年経ち、手に取っているので、村上春樹が世界からどのような評価を受けているかを知っているからか、この一文がことさら特別に思えてしまいます。
私が十代の頃、村上春樹に馴染めなかった理由のひとつが、

  • 「エンタメではなく文学にカテゴライズされているのに、私がこれまで読んできた文学となんか違う!」

と思ったからなのですが、デビュー当時には “新しい”文学だったのかもしれないと思いました。
(日本でもっとも有名な小説に関する賞 芥川賞・直木賞も村上春樹氏は受賞されていません。)

正直、よく分からなかったけど

私はこの小説を読んだばかりなのですが、正直わからないままの点も多いです。

この小説は現実を生きる私と陸続きの世界であるはずなのに、
主人公の<僕>も、その友人も、出会った女の子もあまり現実感がなくて、共感もできないというのが正直な感想です。

  • 章節はかなり細かく、シーンの終わりはぶつ切りなこともあり、読みながら混乱もする。
  • 一見何の意味もなさそうな、よく分からないエピソードや回想も多い。

読みやすい小説という意味では、おすすめがしにくいです。

完璧な物語は存在しない

私はミステリーが好きで、散らばった伏線が鮮やかに回収されたりすると、読みながら「おおお!」と鳥肌だったりするのですが、この『風の歌を聴け』では謎は謎として終わり、どこまでが現実でどこまでが虚構や虚偽だったのかも今の私には判別がつきません。

前述のとおり、完璧な文章は存在しないのであれば、また完璧な物語も存在しないのかもしれない、とこの本を読みながらぼんやり考えていました。
作り物である物語に完璧を求めることや、すべて納得したいと考えること自体、ナンセンスなのかもしれません。

人の数だけ、解釈がある

たぶんこの小説をあれこれと解説している人がたくさんいて、私はその人の数だけいろんな解釈があると思うのですが、それこそがこの小説の魅力なのかもしれないと思いました。

いろんな人がこの本を読んで、四十年ものあいだ議論を交わし、読んだ人の数だけ物語が分岐しては生まれていく、と思うと少し面白いです。
物語を読みながら物語を考える、というのもメタっぽくてちょっと楽しい。

私は小説を読む時に、そのなかの誰かに憑依するようにして読むことが多いのですが、『風の歌を聴け』を読んでいる最中は、はじめから終わりまでずっと、“私”としてこの小説を読みつづけいて、新鮮な感覚でした。
私はまだ、自分の解釈を持つに至っていない域の読者ですが、語れるようになったら面白いだろうなあ。
(読みながら図解していけば面白そう、と思ったので次読むときは忘れずに整理したいです。)

物語と出会うタイミング

二十代になり、本に限らず物語は出会うタイミングが大切だと思うようになりました。

私の場合、いつだって受け入れることができる本もあれば、出会ってはいけない時に読んでしまうと、その作品だけではなく作家に対しても苦手意識だったり嫌悪感を抱いてしまうことがあります。

苦手と思った本でも時間をおいてみると「面白い!」と感じたり。
歳をとったときに再び読んで「好きだ」と感じたり、逆に好きだった本が響かなくなったり。
同じ人が、違うときに同じ本を読んでも、前と同じ読書体験は繰り返せないんだと思います。

この小説の<僕>は21歳で、21歳を通り過ぎた私だからこそ、読むことができたのかなと、何となく思いました。
たぶん十年前に読んでいたら、「意味わからん!」と腹立たしく思っていただろうな。

また歳を重ねたら、違うように感じることができそうなので、またその頃に読んでみたいです。
十年前の私は「村上春樹、ちょっと分からんな」と思っていましたが、今の私はほかの本も読んでみたいな、と思っています。
やはり、読書とは面白いものですね。

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。
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