こんにちは、環(@echo3i_r)です。
私は米澤穂信さんのミステリー小説が好きなのですが、先日昨年2018年末に刊行された、『本と鍵の季節』を読みました。
私は、これまでも『満願』『王とサーカス』といった本の紹介記事をこちらにて書いていたので、
この本について書くつもりはなかったのですが、読み終えたときに「これは書かねば!」という思いに駆られました。
例えばもし、身の回りの人に、「米澤穂信さんの小説って何から読めばいい?」と聞かれたら。
私はまず、『本と鍵の季節』をお勧めしたいと思います。
目次
青春時代の“ひりつき”が絶妙、ビターなミステリー
米澤穂信さんが書く、ミステリー小説の魅力
米澤穂信さんが書く、ミステリーの魅力をざっくばらんに書くとすれば、以下の2つがあると私は思っている。
- 第1に、青春時代特有の息苦しさや、絶妙な“ひりつき”。
アニメ化もされている、デビュー作『氷菓』から始まる“古典部シリーズ”、
『春期限定いちごタルト事件』から始まる“小市民シリーズ”など、
高校生たちが主人公の青春ミステリーの中で顕著に描かれている。 - 第2に、人間の善悪。
前述した『満願』『王とサーカス』といった、いわば大人向けミステリで、描かれることが多い。
『本と鍵の季節』
『本と鍵の季節』はさて、そのどちらの魅力を持っている作品か?
私のアンサーは、どちらも、だ。
上記2つのエッセンスを多分に感じる、絶妙なミステリだと思っている。
読む前に侮っていたわけではないのだが、青春ミステリという帯のうたい文句のイメージで
読み始めたので、徐々に胸にこみ上げてくるひりつきが、ギャップのように感じてたまらなく面白かった。
私の造語だが、言うならば青春ヒリヒリ系が好きな方には、強くお勧めしたい。
帯どおり、青春特有の爽やかさも十分あるし、読んでいていたたまれなくなるような、ヒリヒリ具合ではないので、ご安心を!
あらすじ
高校2年生の堀川次郎と松倉詩門は図書委員。ふたりがいる放課後の図書室には、いつも謎が持ち込まれ──。
男子高校生が繰り広げる推理と友情、そして爽やかでほんのりビターな結末に驚かされる、著者の新たなミステリ開幕!
この小説は、ひとつひとつが短編の、連作ミステリー。
一遍完結スタイルだが、ふたりの高校生、堀川と松倉は共通して謎解き役として登場するし、ふたりの関係性は話が進むごとに少しずつ変わっていく。
このふたりの距離感も、読んでもらえれば分かると思うのだが絶妙にヒリヒリしていて、たまらない。
ホームズとワトソンならぬ、ダブル探偵役!
「俺にとって、疑うってのは性悪説だ。
自分に笑顔で近づいてくる人間はどいつもこいつも嘘つきで、本音を見抜くにはこっちにも策がいると考える。
ところがお前は、そうじゃない。
性善説と言えば言いすぎだが、相手の言葉の枝葉に嘘はあっても、その根底にはなにか真っ当なものがあると信じている節がある」
この言葉は、松倉が堀川への印象を、口にしたもの。
ふたりは似ているようで、どこか似ていない。
松倉と堀川は、どちらかが探偵でもう一人が補佐、という立ち位置ではなく、お互いがお互いを補完しあい、謎解きを進めていく。
ひとりでは謎が解けないダブル探偵が、どうやって答えを導くのかも注目ポイントだ。
「ロックオンロッカー」
1編目「913」は、堀川と松倉は出会って2ヶ月くらい。
波長があう、同じ図書委員同士という関係性だ。
少なくとも主人公(物語の視点)の堀川は、松倉のことを何となく理解しあっていると、少なくとも堀川は感じているような描写がある。
2編目「ロックオンロッカー」は学校から出て、なぜかふたりで美容室に行くことになる話だが、会う場所が違えば、着ている服が違えば、「こいつ、こんな奴なんだ」という一面が見えてくる。
「本当に自分たちはわかり合っていたのか?」と堀川が感じるきっかけになるのが、この話だ。
この2編目は、ふたりが訪れた美容室で、店長に言われた、
「貴重品は、必ず、お手元にお持ちくださいね」のひとことがきっかけで、謎がはじまる。
ミステリ好きの人はもしかしたら、ピンとくるかもしれないが、『九マイルは遠すぎる』を感じるテイストだ。
余談 『九マイルは遠すぎる』
余談だが、『九マイルは遠すぎる』がどんな話かというと、
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」
探偵役が、耳にした何気ない言葉を頼りに推論を展開し、殺人事件の真相を突き止めるという物語だ。
本作に限らず、日本でも複数のミステリー作家が同じシステムの小説を生み出している。
実は米澤さんも、別著作『遠まわりする雛』にも、この九マイルは遠すぎる、の方式にのっとった短編が収められている。
米澤さんのミステリーは本作に限らず、古典ミステリのオマージュのような短編も時折、書かれていてミステリ入門ガイド、のような見方もできるかもしれない。
(これを書けば長くなるので、そのあたりはいつか、別記事で書いてみたい。)
変わりゆく友情
さて、話を本筋に戻すが、3編目「金曜に彼は何をしていたのか」で、堀川は松倉の様子をこう称している。
立ち去る松倉の背中は、知らない男のそれのように見えていた。
この「本と鍵の季節」の注目ポイントのひとつが、物語が進むにつれ、変わっていく堀川と松倉の関係性だ。
似ていると思っていた友人の意外な一面を目にし、ふたりの友情は少しずつ揺らいでいく。
5編目「昔話を聞かせておくれよ」そして最終編「友よ知るなかれ」では、青春時代特有のひりつきが、最高潮に達する。
堀川が抱いた疑念と、変わりゆくふたりの友情は目が離せない。
ミステリーって面白い
4編目に「ない本」という短編が収録されている。
この「ない本」はおそらく、本好きや本に親しみのある人、本に関わるお仕事をしている人は、読みながらネタが何となく分かるタイプの小話だ。
私はこの短編が、ネタがすぐに分かってしまい、面白くないと言いたいわけではない。
難解な謎を用意することだけがミステリーではない、とこの短編を読みながら、唸りたくなるものが、この短編にはあると思っている。
ミステリーを考えると、やはりすぐ謎解きをイメージしてしまうが、
- なぜその謎は生まれたのか?
- その謎を生み出した人は、なぜそれを隠そうとしたのか?
謎にまつわる、ひとつひとつの小さなエピソードが連なり、ミステリーになるのではないか?
「ミステリーって何だっけ?」という問いに対して、答えをくれる作家のひとりが、米澤穂信さんだと私は思っている。
結びに代えて
本書を読み終えたときの感想としては、
ラストの引きの余韻の部分が気になりつつも、そこが心地よく、
- 「良いものを読んだ!」
- 「洗練されたミステリー小説!」
といった気持ちでした。
その後、作者の米澤穂信さんとミステリー作家 青崎有吾さんの対談インタビューを拝読しました。
比較的新しい世代のミステリー作家であるおふたりの対談は読みごたえがあったのですが、
そのなかで、本作のその後について、米澤さんは「続けてみたいなとは思っています」と述べられていまして、
シリーズ化もあるかもしれないのか!、と胸が高鳴っています。
私はもう二十代も半ばですので、十代の学生たちが主人公の青春小説は感情移入ができないのでは、と思ったりもしたのですが、心配不要でした。
この「本と鍵の季節」から始まる、新たなミステリーシリーズがこれからも続いていくかもしれません。
ほんのりビターな風味もする青春ミステリー、ぜひご一読を!
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