血は繋がっているけど、“家族”じゃない。 瀬尾まいこ 著 『傑作はまだ』

こんにちは、環(@echo3i_r)です!

今回は、2019年本屋大賞受賞作『そして、バトン渡された』の著者 瀬尾まいこさんによる、家族を巡る最新小説傑作まだをご紹介します。

繋がっているけど、家族じゃない。

じめて会う息子、智

主人公 加賀野小説家。
職場自宅、仕事も自分のペースで行えるため、あまり外に出ず、引きこもり状態をもう何年も続けています。
そんな加賀野の家にある日、ひょっこり“息子”の智が訪ねてくるのですが、ふたりこれが初対面でした。

「実の父親に言うのおかしいけど、やっぱりじめましてで、いいんだよね?
ま、名前と顔知ってるだろうけど、永原智です。じめまして」

加賀野息子の智を認知しており、彼が大人になるまで毎月養育費も振り込んでおり、養育費の受領の知らせとして、加賀野は息子の写真を毎月受け取る――そんな関係でした。

「だよね。俺たち血しかつながってないもんなあ。
お金少々もらったけど、おっさんのしたことってセックスだけだよ。
それで父親のように接しろっていうの、無理あるよ」

父親である加賀野を、“おっさん”と呼び、
加賀野息子である智を、“君”と呼びます。
ふたり期間限定で、同居を始めるが……という物語。

加賀野引きこもりであるため、どこか世間ずれしているのですが、
智とふたりの会話軽妙で、読んでいてほのぼのするような内容です。
小説だけを書き続けてきた加賀野、智との出会いで少しずつ変わっていきます。

『そして、バトン渡された』と違う、もうひとつの家族

2019年本屋大賞作『そして、バトン渡された』と同時期に執筆をしていたのが、この『傑作まだ』なんだそうです。

『そして、バトン渡された』で、血の繋がっていない家族について描かれていましたが、この『傑作まだ』で血が繋がっているだけ、の父と子の姿が描かれています。
ふたつの家族対照的なので、その違いを楽しめる一方で、わたし二つの物語にどこか同じものを感じました。読み比べるのも、面白いと思いますよ。

なぜ、息子父に会いにきたのか?

加賀野と智、父と息子として日々を過ごし、後半で智が父親に会いにきた理由が明かされていきます。
わたしはこのシーンが、とても印象的です。

、もし25年間一度も会ったことのない息子が突然父の元に訪れたという
小説だったらどんなふうに書く? と加賀野に尋ねます。

「妥当なところで、自分が余命一ヶ月だと知った息子が、父親に会いに行ったという感じかな」
「最悪だな。(中略)
悲しみや不条理さに向き合いたいやつなんているかよ。
もし、そんなものに本気で触れたいなら、どこでもいい、一日でいい、いや三時間でもいいから、総合病院の小児病棟に行けばいいよ。
分厚い扉の向こうからでも聞こえてくる子どもの叫び声。
親ですら代わってあげたいという言葉を飲み込んでしまうくらい苦しむ子どもの様子。
生きる意味を考える暇もなく生まれてすぐ機械をつけられた赤ん坊の姿。
自分の人生に起きる悲しみだけで足りない人が本当にいるのなら、すぐに病院に行けばいい。
胸がちぎれそうな悲しみも、神様がいないっていう現実も、自分の無力さを嫌ってほど感じられるから」
絞り出すような声で、そう言った。

普段、飄々としている智が、唯一と言っていいほど自分の感情をあらわにするシーンです。
智に智の時間が、物語があり、そして父に会いに来たのだと、ぐっとくる力強い言葉でした。

“おっさん”が成長する姿に感動しました。

加賀野、智が生まれ、大人になるまでの時間の大半をひとりきりで過ごしてきました。
定期的に会うの、仕事関係の編集者だけ。
友人もおらず、加賀野の時間凍っているも同然でしたが、止まっていた時間、智との出会いによりゆっくりと動きじめます。
そして、自分が智の成長に立ち会っていたら、今の自分もう少し違っていたんじゃないか、とも思うようになります。

生まれたての智を抱きしめていたら、言葉を覚えていく智の声を耳にしていたら、俺の中に確固たる愛情が築けていたのだろうか。
智が何かを習得する時、何かを決断する時、俺がそばにいたとしたら、智の人生も変わっていただろうか。
同じ時間を過ごしていたとしたら、それぞれの生活が今と違うものになっているの当然だ。

“父さん”ではなく“おっさん”と呼ばれながら、息子との時間を過ごす中で、加賀野は自分自身と向き合い、自分自身の人生を振り返っていく姿に、わたしは等身大の人間味を感じました。
加賀野は引きこもりの作家で、世間知らずなところもあるけれど、智と出会い、世界に触れ、確かに変わっていく。
“おっさん”の成長物語、と紹介すれば聞こえは悪いかもしれませんが、この本は加賀野の脱皮、あるいは成長を綴った小説でもあるのだと思います。

長い間、小説の中の会話しか聞いてこなかった。
登場人物たち、簡単に心の奥底の悩みを打ち明け、輝く希望を語り、打ちひしがれた嘆きをもらす。
しかし、本当そうじゃない。
胸に秘めた真実、目を向けたくない過去。心のどこかにある願い。生きると自分と何かといった根底的なもの。
俺たちが実際に生きている世界で、誰もそんなことをことさら語ったりしない。日常で交わされる会話もっと現実的だ。
だけど、それらが重なっていく中で、真実が見えてくる。
何も説明されなくても、智がきちんと育てられてきたことが容易にわかるように。

この物語では、家族の姿だけでなく、加賀野という一人の大人の生き様も描かれています。
私は加賀野と智の家族関係よりも、一人の“おっさん”が成長していく姿の方が印象的で、胸に沁みました。

加賀野と智、ふたりの間に25年間の大きな空白があり、関係性で言えば“血が繋がっているだけ”でした。

血しか繋がっていない、息子に向けて物語の終盤に、加賀野はある言葉をかけます。
その言葉は、加賀野が共に時間を過ごしてこなかった息子に対して向けた言葉ですが、長く一緒に時間を過ごした、家族や友人にも通じる言葉にも勿論、通じるものでハッとさせられました。

私たちは、家族や友人あるいは恋人の、性格や人柄を“分かったつもり”でいるけれど、これからの時間の中でもっと知っていくことに変わりはないのだ、と。

一人のおっさんが教えてくれた言葉を胸に、これからの日々をわたしも過ごしていきたいと思います。

created by Rinker
¥1,512 (2019/06/17 20:13:41時点 Amazon調べ-詳細)

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください