氷詰めの息苦しさを、感じているあなたへ。 辻村深月 著 『凍りのくじら』

こんにちは、環(@echo3i_r)です!

今日は辻村深月さんの『凍りのくじら』という小説を紹介したいと思います。

  • 「誰からも理解されない」
  • 「自分の居場所がない」

そう感じたことは、ありますか?
もし、感じたことがあるのなら、ぜひ手に取ってほしい1冊です。

はじめに

本題に入る前に、ひと言。
この『凍りのくじら』はわたしの大好きな小説のひとつです。

小説の雰囲気が少し暗い部分もあるため、この書評を書くにあたって、紹介するべきか少し迷いましたが、
そんな物語だからこそ、ご紹介したいと思います。

【おすすめしたい人】
自分の居場所がない、と感じたことがある
日々の生活に息苦しさを、感じたことがある
自分はひとりだ、と感じたことがある

そんな方にとって、この本の主人公 理帆子は自分の分身のように感じるのではないかと思います。

はじめ、そして中盤までは少し重苦しい空気が流れますが、
ラストで差し込む、苦しみを拭い去るような救いの光。
これがこの本いちばんの魅力です。

わたしは何度読んでいるか分からないくらい読み返していますが、
そのたびに自分自身を認められ、肯定され、そして救われていると思います

【あらすじ】

藤子・F・不二雄をこよなく愛する、有名カメラマンの父・芦沢光が失踪してから五年。
残された病気の母と二人、壊れそうな家族をたったひとりで支えてきた高校生・理帆子の前に、思い掛けず現れた一人の青年・別所あきら。
彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していくが、昔の恋人の存在によって事態は思わぬ方向へ進んでしまう…。

家族と大切な人との繋がりを鋭い感性で描く“少し不思議”な物語。

<BOOKデータベースより>

 

藤子・F・不二雄作品への“敬愛”

主人公 芦沢理帆子は高校生。
藤子・F・不二雄 氏を敬愛していて、『ドラえもん』が大好き。
小説の章タイトルはすべて、ドラえもんのひみつ道具です。
誰もが知っている有名なものから、「こんなものもあるんだ!」と思うかもしれないものまで……。

作者 辻村深月さんご自身も、大のドラえもん好きということで、理帆子を通して
作者の藤子・F・不二雄 氏への敬愛、そしてドラえもん愛を感じる面白い作品です。

彼女は藤子・F・不二雄 氏がSFを“少し、不思議(Sukoshi Fushigi)”と称したことにちなみ、
身の回りのいろんな人の個性を“少し、〇〇”と評価する、遊びのようなものをしています。
“少し、フリー” “少し、不幸” “少し、不完全”……のように。

単純に、〇〇な人、で終わらせないあたりが、理帆子らしいなと思います。
そう、彼女が頭がまわる、クレバーな女の子なのです。

理帆子:少し、不在

主人公 理帆子を取り巻く環境は、少し特殊です。

父親である写真家 芦沢光は病を患い、家族の前から姿を消して数年が経過。
いわゆる失踪……重い病であったため、生きてはいない、そう理帆子は考えています。

また母親も、少し前から病に伏せ、入院中。もう長くない、と医師からも宣告を受けています。
祖父母もおらず、身のまわりに頼れる親戚もいません。

そんな理帆子が、自分自身の個性に与えた評価は、“少し、不在”でした。

どんな友達とも仲良くできるし、どのグループの輪にも溶け込める。
しかし、どうしてもそこを自分の居場所だと思えなくて、とても息苦しい……。

家族との接点もなく、友人との関係においても不在感を抱く、そんな女の子が理帆子です。

 

若尾:少し、腐敗

若尾は理帆子の元恋人。
高校生の理帆子より年上、顔が良くて弁護士を目指し理想を追い求めるタイプだけど、
それを実現させるだけの努力は徹底して嫌う。

人を見下すことで自分を正当化する、そんな……いわゆるダメ男です。

わたしはこの本を初めて読んだとき、若尾自身に対してぞっとする、というよりも自分自身の中に若尾の思考が少しあるかも、と
考え同族嫌悪のような方向で、彼に対して嫌悪感を覚えました。
若尾は、フィクションではなくきっと自分の一部分や、周囲にいる、そんなリアリティが彼の存在感を不気味に際立たせているように感じます。

理帆子がそんな彼に下した評価は、“少し、腐敗”でした。

“少し、不在”の理帆子は頭がまわるし、どのグループにも溶け込めて、
その場で「相手が自分に求めている言葉」が分かってしまう。
だから理帆子は、若尾が求める言葉を理解して、それを口にして、若尾の欲求を満たしていました。

理帆子と若尾は、若尾の「勉強に集中したい」という理由から別れていますが、
元恋人という関係になった今でも、曖昧な関係が続いています。
ふたりの関係性を象徴する、理帆子の言葉です。

私は期待していたのだ。何を期待しているのか。それは明白だ。
私はまだ、彼が私に縋りついてくるのを待っていた。
今のままの彼は、確かにどうしようもない。ずるいまま、私を抱きたがる。
だけど、彼が私に執着し、ともにありたいと心から願ってくれるなら話は全然違うのだ。

ねぇ若尾お願い。私を好きだと言って。
もう一度やり直したい。優先順位は、夢より私が上で、私を手放したくないと言って。
夢が叶わなくても、私がいるなら折り合いがつけられると、そう囁いて。
だってあんたの夢は、形骸化してもうボロボロだ。
言葉や思考で若尾をどれだけズタズタに貶しても、ここは変わらない。
思い知って、涙が出そうになる。私は見苦しい。

お願い、若尾。どうか、私を欲しいと言って。
そしたら絶対に助けてあげるから。

この、理帆子の言葉は読んでいて苦しかった。
自己の存在意義を、若尾を通して肯定している、そんな理帆子の弱さがにじみ出ているような、心の叫びです。

若尾だけでなく、誰かに都合の良い人物として存在する理帆子の不安定さは、
見ていて少し不安で、でも“そうしてしまう”理帆子の気持ちが痛いほど伝わってきます。

わたしも、そうだったし、今でも多分そんな一面があると思う。

誰かに都合の良い誰か、でいることって、きっとある意味では楽だから。
ただ、自分自身の考えや価値観が時折、霞んで見えてしまい、自分が見えなくなる、分からなくなる。
それが、苦しいんですけどね。

別所あきら:少し、フラット

別所あきらは、理帆子と同じ学校に通う、高校3年生。
ある日、「写真のモデルになってほしい」と突然、理帆子に声をかけたことが、ふたりの出会いのきっかけでした。

理帆子が彼に下した評価は、“少し、フラット”

相手が求める自分を作ってしまう理帆子ですが、彼の前では不思議とありのままの自分で存在できることに気が付きます。
少しミステリアスな別所との対話は、理帆子を少しずつ変えていくことになります。

彼の話しぶりは、どこか知的さが溢れていて、学生時代のクラスメイトだったら仲良くなりたいな、と思うような男の子。
わたしがいちばん、印象に残っている彼の言葉は、こちらです。

本当に面白い本っていうのは人の命を救うことができる。
その本の中に流れるメッセージ性すら、そこでは関係ないね。
ただただストーリー展開が面白かった、主人公がかっこよかった。
そんなことでいいんだ。
来月の新刊が楽しみだから。そんな簡単な原動力が子どもや僕らを生かす。

わたし自身、物語に生かされ、ここまで育った大人ですので、この言葉には大納得。
このシーンでわたしは別所くんのことが大好きになりました。
彼の言葉や考え方は、センスがきらりと光っていて、読んでいて面白いんじゃないかと思います。

郁也:少し、不足

別所あきら ともう一人、理帆子を変えるきっかけになる人物が郁也という小学生の男の子です。
この郁也は、理帆子と縁がある男性の、私生児でした。

父親に認知はされているものの一緒には暮らさず、母とも死に別れ、血の繋がらない家政婦と暮らしています。
ほどなく理帆子は、彼が口がきけないことを知ります。

そんな彼に、理帆子は“少し、不足”という個性を与えました。

行方不明の父と、長く病床にいて先が長くない母がいる、理帆子。
父と共に暮らせず私生児というあいまいな立ち位置でいて、母とは死別している、郁也。

少し寂しい、ふたりの出会いはゆるやかに理帆子と郁也に、変化をもたらしていくことになるのです。

不安定さの先にあるもの

「青春は気まずさでできた、狭くどこにも逃げ場のない密室」

別の小説の話で恐縮ですが、この言葉は先日読んだ青崎有吾さんの『早朝始発の殺風景
という小説に登場した一節です。青春というか、十代という日々を表した言葉だな、と思いあえてここでご紹介しました。
『凍りのくじら』にも通じるし、十代の時間はどこか息苦しくて、逃げ場のないようなものだとわたしは思います。

わたしは中学生、高校生の頃は日々の生活に息苦しさばかり感じていました。
家族関係は最悪で、家に帰りたくなかったし、かといって学校でも何となく居心地の悪さがあったりして……。
息苦しくて、生き苦しい、そんな毎日でした。(楽しいこともあったし、友達もいたけどね)

そんな日々の中で、わたしにとっての楽しみであり救いが、物語でありその物語を通して出会った友人でした。

この『凍りのくじら』も、そのころに出会った、小説のひとつです。

先にご紹介した、面白い本が僕らを生かす、という言葉は実際にそうだと思います。
面白い本は人を生かし、笑顔にし、そして救う。

長くなりましたが、これはたくさんの芦沢理帆子を救う、そんな物語です。

今生き苦しさを感じている人も、
そしてそこを生き抜いて過去にしたあなたも、
きっとこの物語の光に照らされたら何か、感じるはずです。

凍りのくじら (講談社文庫) [ 辻村 深月 ]

created by Rinker
¥864 (2019/04/21 04:00:51時点 楽天市場調べ-詳細)

ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、社会人3年目 よく読むジャンル:なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略) 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。