ナディア・ムラド 著『THE LAST GIRL イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』

こんにちは、です。
2018年12月10日、今年のノーベル平和賞の受賞式が行われました。

受賞したのは、コンゴの産婦人科医デニ・ムクウェゲさんと、
イラク北部出身の人権活動家 ナディア・ムラドさん。
ふたりは、
「戦争や武力紛争の武器としての性暴力を撲滅するための努力」が評価され、受賞に至りました。

このナディア・ムラドさんは1993年生まれ、わたしと同い年の25歳。
彼女の著書『THE LAST GIRL』の翻訳本が、出版されています。

著者のナディアさんは、このようにスピーチで述べています。

私は人前で話をするようには育てられていない。
けれどこの日、自分の体験を語り、
それが終わったあとも話し続けた。
どのヤズィディ教徒も、
ジェノサイドの罪によりISISの告発を望んでいるのだと、
世界中にいる弱い立場の人々を守れるかどうかは、
あなたがた次第なのだと、
それから、私は、私をレイプした男たちの目を見据えて、
彼らが法の裁きを受けるのを見届けたいのだと、この場で伝えるために。
そして、ほかの何よりも、
この世界でこのような体験をする女性は、私を最後にするために

この物語は、ナディアさんが巻き込まれた紛争と性暴力の回顧録、
そしてそこからの生還が綴られた魂の闘いの記録です。

ナディア・ムラドさんとヤズィディ教

本書の著者、ナディアさんは2015年の国連安全保障理事会でのスピーチで、
過激派武装組織「イスラム国(以下ISIS)」が少数民族であるヤズィディ教徒に対して行った
集団虐殺と性暴力を調査し、公正な裁きと、
なおISISに拘束されたままのヤズィディ教徒の救済を求めました。
彼女はこの時、22歳。そして翌年、23歳で国連親善大使に就任しています。
これらの活動が、
「武力紛争での性暴力の生還者(サバイバー)としての、声をあげる勇気」
として評価され、ノーベル平和賞の受賞に至りました。

2017年以降、セクシャルハラスメントや性的暴行の被害を告白する、
#Metoo運動で様々な立場の女性たちが沈黙を破り、声を上げています。
しかし、そのムーブメント以前に、後ろ盾のない22歳のひとりの女性が、
世界を前にしてISISの性暴力について告発をするのに、
どれだけの葛藤があったのか考えると胸が苦しくなります。

彼女は1993年、イラク北部のコーチョという小さな村で生まれ育ちました。
その村で暮らしているのは、少数民族であるヤズィディ
彼らはイスラム教やキリスト教など多くの宗教がまじりあったような、
独自の宗教ヤズィディを信仰しています。
イラクではイスラム教徒が圧倒的に多いため、
彼らは過去より邪教を信仰する異教徒として、冷遇されてきました。

しかし、2003年に始まったアメリカとのイラク戦争でナディアさんをはじめとした
ヤズィディ教徒たちの暮らしは一変します。
戦争後にやって来たアメリカ軍などにより、携帯電話の基地局が設置され、
学校が建てられ、彼らの生活は劇的に改善。
著者ナディアの家族の暮らし向きも良い方向に変わり、
学校へ通うこともできるようになりました。
しかし、その穏やかな平穏は長く続くことはなく、
ISIS(イスラム国)の台頭により彼女たちの日々は奪われることになるのです。

故郷、家族との突然の別れ

その日は、突然訪れます。
ナディアが暮らすヤズィディ教徒たちの村を、
武装したISIS(イスラム国)の戦闘員たちが襲ったのです。

私は絶対に家を離れないつもりでいたし、
母とは、起きているときも、寝るときもいつも一緒だった。
あの日、ISISがコーチョにやってきて、
私たちを引き離してしまうまでは……。

ISISは男性と老いた女性のすべてを処刑し、
子供と若い女性を拘束しました。
若い男子を処刑せずに拘束したのは、
洗脳してISISの戦士に育てるため。
そして若い女性たちは人身売買される性奴隷(サビーヤ)として扱われるためです。

当時21歳のナディアは、この日、
家族を殺され、故郷から連れ去られました。
そしてともに連れ去られた姉や姪とも引き離され、
人としての尊厳を奪われる生活を強いられます。

ヤズィディ教徒の女性は不信心者と考えられ、
また、戦闘員らによるコーランの解釈によると、
奴隷をレイプするのは罪ではないという。
新たな戦闘員を勧誘し、
忠誠と適切な職務遂行の褒美として私たちは手渡されることになるのだ。
バスに乗っていた全員がその同じ運命にあった。
私たちはもはや人間ではなかった――私たちは、サビーヤにされたのだ。

ISISは戦闘員の採用と教育のためのパンフレットを作成していました。
これはコーランを独自に解釈したものですが、
本来の教えとはかけ離れた独自の都合の良い解釈です。

  • イスラム教では、結婚していない男女が接触することは
    基本的に禁じられているので、
    イスラム教徒の女性は人間として尊重しなければならない。
  • しかし、ヤズィディの女性は人間ではないので
    レイプしても罪ではない。

ヤズィディ教徒の未婚女性にとって、
イスラム教に改宗させられ、処女でなくなることが
どれほどの打撃となるかをISISは知っていて、
だからこそ彼らは私たちが一番恐れていること、
つまり、私たちのコミュニティと宗教的指導者たちが
私たちが帰っても受け入れないことを利用したのだ。

ヤズィディの女性たちは、モノ同然に売られ、
そして買われた先で殴られ、蹴られ、レイプを受け。
その後、処女としての商品価値を失った後も何度も売買される
――その精神的屈辱や心の傷は想像を絶するものであり、
わたし自身同じ女性として読んでいるのはとても辛かったです。
ですが、これは世界で本当に起こっていたことにほかなりません。

強調したいのが、本作で彼女は決して、同情を乞うているわけではないのです。

ときどき思うのは、ヤズィディ教徒の大虐殺の話になったときに、
みんなの関心は、ヤズィディの女性たちの性的虐待のことに集中し、
私たちがどう戦ったかということばかりを人はききたがるということだ。
私が話をしたいのは、起こったことの全てー兄たちが殺されたことも、
母が行方不明になったことも、少年たちが洗脳されていることも
――レイプのことだけを話したいのではないのだ。

そして、ヤズィディ教徒に訪れた悲劇を伝えたいわけでもないのだと思います。
この現在社会において、先進国でさえも人と人の争いは起き、
裏切り傷つける人がいて、弱者は迫害を受けている。
何がきっかけで、第二・第三の彼らが生まれるかは分からない恐ろしさをわたしは感じました。

私を最後にするために

著者のナディアは、ISISから逃げ出しました。
誰かが助けてくれることを待つことなく、
自らの意思で塀を乗り越え、助けを求めたのです。

純潔を重んじるヤズィディのコミュニティから、
レイプを受けたことを差別されるのではないかと葛藤しながらも、
彼女はもう二度と自分のような過酷な運命に翻弄される人がいなくなるように、
そして現在も拘束されている女性たちを救出してもらうために

自らの体験を語ることを決断します。

バタフライエフェクト、という言葉があるように私たちの行いの積み重ねが、
テロリストに理由と資金、そして武力を与え、
そして苦しむ人々を生み出しうる世界に、私たちは生きています。
彼女の魂の叫びは、少数部族の叫びではなく、
21世紀の今も過去と変わらず傷つく、世界の悲痛そのもののようにさえ感じました。

これらの出来事は世界の遠い出来事ではありません。
マイノリティへの差別や性的暴行は、この日本でも起きていることです。
「イラクのことだから関係ない」と考えることが、わたしにはできません。

戦時での性被害は、過去何百年と繰り返されてきた出来事だ、
と言う人がいます。
韓国との慰安婦問題が盛んに報道された学生時代、
当時の知人が口にした言葉です。
だからといって、それを見過ごすたり耳をふさいだりする理由にはならないと思います。

遠い出来事、関係がないと判断するのは
傍観者という立場の加害者にほかならないのではないでしょうか。
わたしは決して人権問題や部族・宗教間での紛争に
特別明るいわけではなく、ヤズィディの存在も本書で知りました。
作中で宗教や考えの違いで人はここまで残酷になれるのだ、
という人間の闇の部分が多く語られますが、
性被害を受けた女性を命がけで助ける人々がいるという光も、
そしてナディアのように強く気高くたくましく生きる人々が綴られています。

これは、圧倒的な臨場感で語られる魂の訴えの物語です。
彼女をラスト・ガールにすることは、
この地球上で生きるわたしたちが叶えるべき
切実な願いであり、そのためにわたしたちができることが
きっとあるはずだ、そう強く感じる1冊でした。

最後に、ノーベル平和賞の授賞式で彼女が述べた言葉をご紹介します。

私はさらなる同情を求めていない。
行動に変えることを求めている。
正義がなされなければ、悲劇が繰り返される。
正義こそが平和を得る唯一の手段だ

なお本書の売上金の一部は、国際的な人道支援に関する組織、及び団体に寄付することが検討されているそうです。

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福岡県出身、社会人3年目 よく読むジャンル:なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略) 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。