何者かになれるはずだった、“私たち”の物語。山内マリコ 著『ここは退屈迎えに来て』

こんにちは、です。
同名の映画が先日公開されている、
ある地方の国道沿いが舞台、どこか息苦しさを感じながら生きていく女性たちの物語を今日はご紹介します。

あらすじ

そばにいても離れていても、私の心はいつも君を呼んでいる――。
都会からUターンした30歳、結婚相談所に駆け込む親友同士、
売れ残りの男子としぶしぶ寝る23歳、処女喪失に奔走する女子高生…
ありふれた地方都市で、どこまでも続く日常を生きる8人の女の子。
居場所を求める繊細な心模様を、クールな筆致で鮮やかに描いた心潤う連作小説。
(BOOKデータベースより)

 

息苦しいと退屈、地方のリアル

この小説は、ある地方都市の郊外に住む女性たちが主人公。
何でもある地方の国道沿いに住み、不自由なく暮らしながらも、
東京にあって地方にない“サブカルチャーの刺激”に対する不足、
自分に対する“アイデンティティ”の欠落を感じ、
日々に対する退屈や鬱屈を抱えて生きている人物が多く登場する連作短編集です。

道の両サイドにはライトアップされたチェーン店の、巨大看板が延々と連なる。
ブックオフ、ハードオフ、モードオフ、TSUTAYAとワンセットになった書店、
東京靴流通センター、洋服の青山、紳士服はるやま、ユニクロ、しまむら、西松屋、
スタジオアリス、ゲオ、ダイソー、ニトリ、コメリ、コジマ、ココス、ガスト、
ビッグボーイ、ドン・キホーテ、マクドナルド、スターバックス、マックスバリュ、
パチンコ屋、スーパー銭湯、アピタ、そしてイオン。

1つ目の短編の1節です。
わたしは福岡県の出身なのですが、まるで自分の町が舞台であるように感じ、
一気に物語に引き込まれました。
地方在住者や、在住経験者にとっては、「あるある」な風景なのではないでしょうか。

何者かになれるはずだった、“私たち”の物語

短編にでてくる女性たちは、等身大で読みながらもうひとりの自分を読んでいる気分になりました。

だって田舎町を抜け出したものの私は、何者にもなれず幸せも見つけられないまま、また元の田舎町に戻って、とうとう三十歳になってしまったんだから。

ある者は、憧れを胸に「何者かになる!」と決意して上京したはずなのに、地方に戻ってきた。

ずっと淡い靄のかかった守られた世界で、夢いっぱいに生きることを許されていたのに。
少女と呼ばれる年齢を過ぎた途端、酸いも甘いも噛み分けた、大人の女になるわけではないのに。

またある者は、夢を胸に生きていくことが許容されていた十代と、大人になった二十代にあるギャップに違和感を覚えている。

 

「何かを成し遂げる人間になりたい」「この道のプロになりたい」「面白くない人生なんて歩みたくない」

多くの人が青春と呼ばれる時代にそんな思いを抱えていたはずだけれど、
いつの間にか大人になり、どこかさびれた地方都市に残ったのは何者にもなれなかった自分。
読者の心に突き刺さるようなリアル感が、大変魅力的だと思います。

この物語は、言わば
“かつての青春時代は輝いていた、自分が物語の主人公だと思っていた、
だけど今ではヒーローにもヒロインにも、そして何者にもなることができずに、
日々をなんとなく過ごす私たち”の物語だと感じました。

映画『ティファニーで朝食を』は、オードリー・ヘプバーンが長身のイケメンと
可愛い茶トラ猫と雨のなか抱きあうというものすごいハッピーエンドで終わる。
ニューヨークで鳥のように生きていたヒロインのホリー・ゴライトリーは、
実は最悪の田舎から脱走してきた南部出身の女の子だけど、
都会で幸せを見つけてめでたしめでたしというわけだ。
大団円を盛り上げる名曲『ムーンリバー』に煽られてうっかり感動しそうになるけれど、
ちょっと待てよと思う。なんか釈然としない、あんなの全然ぐっとこない。

 

田舎に退屈しない、男 “椎名”

 

この物語の各短編には、主人公女性たちの知り合いや、かつての同級生という人物で“椎名”という男が登場します。
この椎名は、中高時代はサッカー部のエース、同級生のなかではいわゆるトップの人気者。
高卒後には地元でサッカー選手になるけれど、クラブが不況で解散したことをきっかけに、働きはじめ、そのまま結婚し…
という、いわば“地方でそのまま【普通の】大人になった”男です。

各短編の主人公たちが、地方に退屈しているのに対し、
この椎名は“地方郊外に全く退屈していない人間”として描かれています。
彼は地方にないけど東京にあるもの――マイナーな音楽や映画、東京にしかないファッションブランド、
いわゆるサブカルチャーに憧れを持たず、地方で生きる自分に満足しています。

平日は仕事、仕事後にはテレビ、休日はスタジアムでサッカー観戦をしたり家族と過ごしたり…。
誰とだって仲良くできて、自ら場を盛り上げることもできる。
みんなの輪の真ん中にいる、椎名はいわゆるリア充で、地方に居場所を感じていて息苦しさも感じていません。

短編では、ある話では椎名は自動車学校の教官、またある話では思い出の中の人…というように、
短編集を通して存在している屋台骨のような存在。
彼が少女や女性たちにとって、どんな存在として描かれているのか、というのもこの物語を楽しめるポイントだと思います。

本書で描かれている物語たちは懐かしくてどこかほろ苦い。
少女たちの息詰まりも退屈も痛みも愚かしさも後悔も恥ずかしさも気まずさも、
多くの読者が体験してきたものを感じさせる空気で描かれており、愛おしさを感じずにはいられません。

女性も男性も、地方に縁がある人もそうでない人も、ぜひ読んでほしい1冊です。
特に、あの頃、青春という輝きに疑いを感じていなかった、あのころの記憶があるあなたに。

ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。