伊坂ワールドの1冊目にぜひ、どうぞ!伊坂幸太郎 著『砂漠』

こんにちは、です。
この『砂漠』に登場するのは、特別さなんてない5人の大学生たち。
特別きらきらしているわけでもなく、ごく普通に、彼らの日々を楽しんでいる小説なのですが、うまく言えないけれど、とても良かったので書評を書くことにしました。まずはあらすじでも。

仙台市の大学に進学した春、なにごとにもさめた青年の北村は四人の学生と知り合った。
少し軽薄な鳥井、不思議な力が使える南、とびきり美人の東堂、極端に熱くまっすぐな西嶋。
麻雀に勤しみ合コンに励み、犯罪者だって追いかける。
一瞬で過ぎる日常は、光と痛みと、小さな奇跡でできていた――。
実業之日本社文庫限定の書き下ろしあとがき収録!明日の自分が愛おしくなる、一生モノの物語。
(BOOKベースより)

あとがきで伊坂さんもコメントをされているのですが、伊坂ファンの皆さんも大好きの1冊なんだとか。
その気持ち、よくわかります。
「伊坂幸太郎って実は読んだことないなあ」っていう方の1冊目にもよいかも!

 

鳥瞰型の僕“北村”と愉快な仲間たち

主人公は僕こと“北村”と、四人の大学の仲間たち。

  • 僕こと北村は、物事や人から少し距離を置くような鳥瞰型人間。
  • 友人の鳥井は、軽薄で適当。自分のすること為すことに自信を持っている男。
  • 西嶋は熱をもちつつも、少しその方向がねじ曲がっている変わった男。
  • 南はおとなしくて控えめな女の子、超能力が使えるらしい。
  • 東堂は十人中十人が振り向くような絶世の美女。ただし、愛想を振りまくことはないクールビューティー。

特別なきっかけなどなく、同じ大学で出会い、たまたま友人になったあるグループのなんてことない青春が描かれた物語、という紹介がいちばんもっともらしいかなと思います。

鳥井以外は全員、東西南北が名前についていて、それが彼らが仲良くなるきっかけになりました。
少し冷めた北村は、鳥井の半ば強引な誘いにより、麻雀をすることになります。

「そういえば、麻雀って確か、四人でやるんだよね。でもって、東西南北に振り分けるんじゃなかったっけ」
「鋭い」
「僕の名字に、北って字が付くとかそういう理由じゃないよね」
「正解! おめでとう」

等身大の大学生らしい小気味よい会話が、読んでいてとても楽しいです。
大学生ならではの、人生のモラトリアム的な時間を、どこかばかばかしいような出来事に全力で楽しんでいる、そんな等身大の姿がどこか愛おしく、羨ましく感じます。

奇跡だって起こせちゃう?

「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」

この言葉は、西嶋の言葉。
彼は平和を大声で謳い、周囲からは変わり者扱いされる男だが、とても格好いいんです。
不可能なことだってやり遂げる、という意思を示した彼らしい言葉だなあ、と印象に残っています。
ちなみにこの『砂漠』が単行本として刊行されてから十年以上経った、2016年12月にはなんと、サハラ砂漠に実際に雪が降ったそうで!
西嶋の意思が、砂漠に雪を降らしたのかなあと思うと、胸が熱くなります。
そう、西嶋は人とは少し違った物差しで生きていますが、彼は熱く、やるときはやる男!

わたしが西嶋のことが大好きになった言葉がこちら。
もしもタイムスリップをしたとして、そこに病気の人がいて、でも自分は抗生物質を持っている。
でも、それを渡したら歴史が変わってしまうかもしれない。さて、どうする?という話だ。
西嶋の言葉はこうだ。

「関係ないんですよ!歴史とか世界とかね。今、目の前にある危険、それですよ。
抗生物質をあげちゃえばいいんですよ。
その結果、歴史が変わったって、だからどうしたって話ですよ。
抗生物質をあげちゃえばいいんですよ、ばんばん。
みんなに広めちゃえばいいじゃないですか。
あのね、目の前の人間を救えない人が、もっとでかいことで助けられるわけないじゃないですか。
歴史なんて糞食らえですよ。目の前の危険を救えばいいじゃないですか。
今、目の前で泣いてる人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」

西嶋は、自分自身の無力さもわかっているうえで、平和や世界に対しての思いを語っていて、その姿はどこか憎めず、いつのまにか好きになってしまうような人物です。
彼の格好良さは語り始めたら、キリがないのでぜひ本書で確かめてほしい。
ちなみに、見た目はいわゆる二枚目キャラクターではございません、だがそこがいいんだ!

「そうやって、賢いフリをして、何が楽しいんですか。
この国の大半の人間たちはね、馬鹿を見ることを恐れて、何にもしないじゃないですか。
馬鹿を見ることを死ぬほど恐れてる、馬鹿ばっかりですよ」

 

社会イコール砂漠、砂漠をさすらう立場だからこそ

大学生は、年齢としては大人の仲間なのだけど、まだ働いていなくて、社会的にはまだ子どものような存在です。
社会人には正解はありません。学生の時のように、みんな一緒に進級や進学をするわけではなく、社会とは道しるべのない砂漠のようなもの。

この『砂漠』のタイトルは、社会を砂漠、になぞらえていて、作中にこんな言葉が登場します。

学生時代を思い出して懐かしがるのはいいけれど、あの頃に戻りたいと思ってはいけない。

わたし自身、この『砂漠』を読みながら、数年前の学生時代を思い返していました。
次に会う約束をしなくても、またすぐに友人に会えたような日々。
人生でいちばんのびのびと過ごしていた時間。

わたしはこの『砂漠』を高校生の頃に、そして働き始めて数年経った先日に読んだのですが、読後の感じ方がびっくりするくらいに違いました。
今のわたしは、砂漠をさすらう立場。標識も、これに乗ればいいんだ、という列車もなく、ただ自分の足で歩くしかない。
だけど決してつらい、というわけではなくて、それこそが人生の醍醐味、なのかもしれないと思い始めています。
あのころのように一緒に馬鹿をしてくれる仲間はすぐそばにはいないけれど、いなくなったわけじゃない。

少し堅苦しい話になってしまいましたが、この『砂漠』は肩ひじ張らず、ゆるりと楽しめるような1冊です。
春、夏、秋、冬と進んでいく彼らの季節も、自分も仲間のひとりのように感じられる等身大の文章。
そして、この物語が文章だからこそ、作ることができたであろうとっておきの伏線がたまりません。

――この本を読めば世界が変わる、なんてことはまるでない。
作中で繰り返し使われる言い回しが、どこか面白くて、読後にはわたしのように使いたくなるかも。

伊坂幸太郎さんの本、何から読めばいいかな、という方にもお勧めしたい物語です。

 

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文庫は新潮文庫、実業之日本社文庫の二社からでています。
実業之日本社文庫には、伊坂幸太郎さんの書き下ろしあとがきが収録されています。

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福岡県出身、社会人3年目 よく読むジャンル:なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略) 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。