愛とその代償。 J・ティプトリー・Jr 著 『たったひとつの冴えたやりかた』

タイトルだけは知っているけれど、読んだことはなくあらすじなど詳しいことは知らなかった、『たったひとつの冴えたやりかた』という小説を本日はご紹介します。

本の帯のキャッチコピーが、ああ素敵だな、と思ったのでまずはこちらをご紹介。この文庫本の帯ではないのですが、本作の表題作のみを中編として単行本化した本の、帯です。

――生まれも、育ちも、種族さえちがっても、ともだちになれると思った。

 

はじめに

この『たったひとつの冴えたやりかた』は大学図書館で働くエイリアンが、研究用の資料を探して訪れたカップルに
参考となる資料を紹介していくという形式で、3つの物語が紡がれていきます。

あらかじめ話しておきますとこの3つの短編、いずれも満場一致のハッピーエンド、という終わり方ではありません。登場人物たちはそれぞれ決断をして、自分の運命を受け入れるという結び方をしています。どの物語も“愛”に満ちた、読後にじわじわと沁みてくるような短編集です。

女性SF作家 ジェイムズ・ディプトリー・Jr

作者はジェイムズ・ディプトリー・Jr(1915~1987)という覆面作家。ジェイムズ、という男性の名前でデビューしていますが、後に女性であることがスクープされ、世の人を驚かせました。

この著作と同じように彼女の生き様は惹きつけられるものがありますので、小説に先駆けてご紹介させて頂くと、

アメリカに生まれながら幼いころの大半をイギリス植民地下のアフリカやインドで過ごしたこと、
画家を志し活動していたこと、美術評論記事を執筆していたこと、
アメリカ陸軍航空軍に入隊し写真解析の仕事をしていたこと、
CIAに夫と共に勤務するも大学で学士を取得するため退職をしたこと……。

わたしは彼女の生き様そのものが、どことなくドラマチックに感じてしまいます。
多くの経験を積み挫折も含めて、そのすべてがSF作家として実を結んだのではないか、と考えずにはいられません。

ジェイムズ・ディプトリー・Jrは、人生の幕をショットガンで頭を撃ちぬくことで自ら閉じています。
老人性痴呆症が悪化した夫を、前々からの夫婦間でのとりきめに従い、射殺したとされています。賛否両論あるかもしれませんが、最後まで愛する人に寄り添い、その約束を果たしたような人生でした。
これは完全な後付けですが、彼女が抱えてきた心情が物語にも色濃く反映されているようにも感じられます。

3つの短編のうち2つの物語をここではご紹介します。

たったひとつの冴えたやりかた(原題:The Only Neat Thing to Do)

「知ってるわよ、あたしだって。
あの大きな黄色の太陽がかなり熱く明るくなったのはね。でも、心配しないで。
あのそばを通過すると、旅がまる一行程も短縮できるの。これがたったひとつの冴えたやりかた

主人公の少女コーティーは16歳の誕生日に、小型宇宙船をプレゼントされ、ついに宇宙への冒険が叶うのだと大喜びで未知の世界に飛び込んでいきます。
その道中、彼女は未知なるエイリアンと遭遇し、友人となりました。
しかしそのエイリアンは、危険性を秘めており、ふたりの出会いはコーティーの運命を大きく変えていくことになります…。

このコーティーは、頭脳明晰でありながらとにかく宇宙のことが大好き。
両親からは反対されているものの、早く宇宙に飛び出したくてたまりません。彼女が宇宙に憧れ、うずうずそわそわとしている描写はキュートで素敵です。自分が16歳の時にはもう、大人の仲間入りを果たした気分だったのですが、このコーティーを見ているとまだまだ子どもで可愛いなあという感じ。わたしが同年代の頃読んでいたら、違った印象を持ったのだろうなと思います。年齢によって感じ方が変わることも読書の醍醐味ですよね。

あらすじに戻りますと、少女コーティーは小型宇宙船を手に入れたことをいいことに、「お父さんお母さんの許可は得ているの?」と訝しがる大人たちを言いくるめ、資産家に嫁いだ姉をあてにしてクレジットカードを限度額まで使い切り、長距離の航空ができるように船を改造、燃料など必要備品をゲット!どきどきに胸を膨らませ、意気揚々と銀河の海に躍り出ることに成功します!
字面だけで書いてしまうと、コーティーはとんでもない悪い子、という感じだがあくまでも彼女は天真爛漫でチャーミング。
どうやったら宇宙に出られるだろう?と知恵をしぼりながら周囲の大人を煙にまいていくシーンは、読んでいて楽しく、笑いがこぼれます。それにしても、他人名義のクレジットカードを使い込むコーティーは、夢のためとは言えなかなかの策士です。わたしが16の頃に、そんな勇気と行動力は無かった…。

旅を続ける彼女は偶然から、ヒトが未接触であるエイリアン:シロベーンと遭遇、意思の疎通に成功します。コーティーとエイリアンであるシロベーンのコミュニケーション方法がなんともユニーク!
そのエイリアンとの出会いとふたり(?)の友情が彼女の冒険を思いもよらなかった展開へと導いていくのですが、ここではネタバレになるため、これ以上はお話しません。ヒントは、「たったひとつの冴えたやりかた」、です。

愛らしい少女コーティーとエイリアンの友情、そして衝撃のラストシーンが、しっとりと染み入るような一篇です。

グッドナイト、スイートハーツ (原題:Good Night, Sweethearts)

この「グッドナイト、スイートハーツ」というタイトルが物語るように、二つ目の短編は、うってかわって大人の男女の物語です。哀愁と甘さが融合した、不思議な雰囲気を感じました。
主人公の男(肉体年齢は30歳、しかし冷凍睡眠していた時間を考慮すると百歳のお爺ちゃん)は、偶然にも遠い日々に愛した初恋の女性と再会し、甘い日々のことを思い返すのもつかの間、宇宙海賊に襲われてしまいます。そのさなか、彼女とまったくそっくりの姿をしたクローンに出会う、という物語。
男の前にはかつて甘い日々を過ごした正真正銘の女性と、あの頃自分が愛した姿をした女性のクローンがいる――なんとも不思議だなと思います。

目の前にいるのは愛した女と愛した女の姿をしたクローン、まさに両手に花!な展開ではあるのですが、男は究極の選択を迫られることになります。

「彼女をとりなさい、レイブン。わたしの孫を。わたしはもう充分──」
レーンがそれをさえぎる。
「だめ! そんなのいや! イリエラをえらんで。彼女はあたしの─」

だが、レイブンは耳をふさぐ。そんなことを”議論”できない。
ふたりのうちのどちらかが真空の中で死ぬのを、ノーズコーンが分離したとき、
ひとりがいやおうなく死んでいくのを、どうして正視できよう?

どっちだ? どっちにする?

だめだ。えらべない。

初恋の女性との思わぬ再会にうつつを抜かしている様子といい、愛した女性と瓜二つの女性を目にした時の反応といい、なんとも人間らしく主人公の男は描かれ、そして葛藤の果てになんとも人間らしい選択をします。
前半のミルクチョコレートのようなスイーツさが、次第にビターチョコレートの苦みを醸し出していくような不思議な感覚です。

 

秋の夜長にぴったりの一冊かも?
どれも“愛”がしっとりと染み渡り、宇宙に思いを馳せるような物語です。
あなたにとって良き出会いとなりますよう。

ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、社会人3年目 よく読むジャンル:なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略) 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。