生と死のはざまの激情を描く、ほの暗い短編集 三浦しをん 著 『天国旅行』

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はじめに

初めてのかたははじめまして、そうでない方はこんにちは。です。

本日、ご紹介するのは三浦しをんさんの短編集、『天国旅行』です。

本書は“死”をテーマにした、少し幻想的でありながら、現実をにおわせるような短編集。
巻末にて著者である三浦しをんさんにより、テーマは“心中”である、と明言されています。

もちろん、“死”がテーマであるため、どこか寂しく、胸が痛む香りに覆われています。
しかし押し寄せるのは暗い感情ではなく、ふと心に希望が灯るような感覚。
真夜中にふと、オレンジ色の街灯を見上げてほっとひと息つくような、そんな気持ち。

タイトルの「天国旅行」はTHE YELLOW MONKEYの同名楽曲から、とのことです。

めまぐるしい日常を生き抜いている人の前に、ふと“死”がよぎるのはどんな時でしょう。
自ら望み生と死のはざまに人が立った時、その人の胸にはなにが去来するのでしょう。
またその時、その人はその“死”に何を抱き、自ら飛び込んでいくのでしょう。

“死”を物語で描く、ということ

まずは小説の内容に先立って、解説での言葉をご紹介したい。
文庫版の解説は、角田光代さん。

「泣ける」という言葉が、感動と混同されるようになって、そうした安易な死が増えたように私は勝手に思っている。

書店を歩くと「泣ける」をうたい文句にした小説を多く見かける。
「泣ける映画」と宣伝している映画の予告編も、数少なくない。
「泣ける」作品は巷にあふれている、と言っても過剰な表現ではないだろう。
あくま個人の感覚だが、“死”が扱われる物語は「泣ける」とカテゴライズされることが多いように感じる。

でも、「泣ける」という一言で片付けていいんだろうか。
確かにわたしたちは物語の中で死に遭遇した時、泣くこともあるだろう。
でも、泣けるだけじゃない。
もっと、うまく片付けることができない壮絶な感情なのではないかと思う。

本書では、短編によってはその“死”に関連したさまざまな激情も描かれている。
人が自ら“死”を選び取るということは、“生”を終わらせる、ということだ。
生物としての摂理から、自ら外れる、ということだ。

本作は美化されてしまいがちな“死”を、恐ろしいほどに冷静に描きながら、ところどころ切なさを散りばめたような、そんな素敵な短編集だと思っている。

“怖さ”とほんの一さじの“ロマンチック” 「星くずドライブ」

テーマが心中であるだけに、作中にはほの暗い“怖さ”が漂っている。
その際たる例として、「星くずドライブ」をご紹介したい。7つの短編のうち、6つめのお話。
個人的には本作でいちばん大好きな作品だ。

あらすじとしては、男の主人公のもとに、死んだ恋人が幽霊として現れるという話だ。
ボリュームとしては40ページほどしかない。

死んだ恋人は、ほかの人からは見えず、声も聞こえない。自分にだけ、見える存在。
その死んだ恋人には、触れることができない。
抱きしめようとしてもすり抜けてしまうし、髪をかきあげることもできない。
ただ、その死んだ恋人は、自分の生活の中にいる。一緒に出掛け、そして同じアパートへ帰る。

これがいつまで続くのだろう、自分しか見えない恋人と暮らす日々にさす影や葛藤。
愛する人を呪縛のように感じることに対する、自分への軽蔑、そして「本当に失いたくない」という思い。

僕は香那の輪郭を突き破らないように注意しながら、肩を抱き寄せた。
見えなければよかったと思いながら。
霊を見る力さえなければ、僕は香那がどこかで生きていると希望を抱けた。

わたしのもとに、大切な人が「死んでしまった」と言って、家を訪れてきたら。
逆にわたしが死んでしまったら。
幻想的な話として描かれながらも、妙なリアリズムが心にふっと冷たい隙間風を吹かせ、少し怖いような気持ちにもなるのだ。

香那に残った「好き」という気持ちは、いずれ薄らいでいくものなのだろうか。
気持ちが消えたとき、香那も完全にこの世から消えるのだろうか。
その日が早く来てほしいようにも、せめて僕の鼓動が止まるまでは消えずにいてほしいようにも思いながら、星空のもと車を走らせる。

 

遺言、という名のラブレター 「遺言」

駆け落ちをしたふたりのお話である、「遺言」という名の短編が収められている。

遺言、というタイトルだが、この短編集の中ではいちばんほっこりとしていてつい笑いたくなるような箇所もあるアットホームなお話である。

この遺言、は「私」から「きみ」へしたためられたもの。
ふたりの出会いから振り返り、半生を思い起こすようにして書かれている。
「きみ」の口癖は、

「やっぱりあの時死んでおけばよかったんですよ」

あの時ふたりで死んでおけばよかった、と言う「きみ」に対しての、「わたし」の懺悔や言い訳、そしてたっぷりの愛情がこめられていて、もはや「遺言」ではなく「恋文」の様子を呈しているような短編だ。

きみと出会い、きみと生きたからこそ、
私はこの世に生を受ける意味と感情のすべてを味わい、知ることができたのだ。

私のすべてはきみのものだ。きみと過ごした長い年月も、私の生も死も、すべて。

余談だがこの作品について、解説の角田さんが言及されているコメントを読んだときに、また一風違ったように感じて、どきり、とした。
この作品の受け取り方については、読み手にとって異なると思うし、どちらでも受け取れるような書きぶりをされているので解釈の余白が残された作品なのだと思う。
そこを抜きにしても素晴らしい短編であることは間違いないので、ぜひ読んでほしいと思う。

おわりに

正直なところ、10人に勧めて10人が「よかった」と言うような、短編集ではないと思っています。
それでもこの本を、ご紹介したいと思いました。

白黒はっきりつかないような、幻想的な終わり方をした短編もありますが、それぞれのその後を読み手が思い巡らせることのできる余白が、心地よい1冊ではないかと思います。

はじめに、でも述べましたが本作はTHE YELLOW MONKEY「天国旅行」からインスパイアされたタイトルだそうです。
ぜひ、曲もあわせて楽しんでほしい。個人的には、読後がおすすめです。

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。