公立校が甲子園を目指す壮大なクロニカル 須賀しのぶ 著 『夏の祈りは』

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はじめに

初めてのかたははじめまして、そうでない方はこんにちは。です。

今回は地方の公立高校を舞台にした、半世紀以上にわたる歴史の中で、“悲願”である甲子園出場を目指す球児たちの連作短編集『夏の祈りは』をご紹介します。

本書は「本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン」第1位、「2017オリジナル文庫大賞」大賞受賞という史上初の2冠を達成した作品でもあります。

 

すべては甲子園という夢のため

 

舞台は埼玉県立北園高校。物語の始まりは昭和最後の夏。
甲子園の出場を目指して戦う地区予選。試合に臨む主将の視点から、物語は始まる。

甲子園出場は、北園野球部――いや北園高校の悲願だ。どうか必ず、君たちの代で果たしてほしい。

そんな半ば呪縛のような重い願いを背負う、野球部。その中心で重圧を抱える主将の香山始。
香山が試合前に部室に並ぶ歴代OBの写真に向かい頭を下げるシーンに、彼が抱え込む葛藤が浮かび上がります。

始は頭を下げた。
「明日は勝ちます。絶対に。これで先輩たちに並びます」
ここから先は、昼には言わなかったことだ。キャプテンらしい笑顔のまま、写真を睨みつける。
「明後日の決勝も当然、勝ちます。俺たちは必ず甲子園に行きます。でもそれは、あんたたちのためじゃない

「甲子園出場の夢はお前たちだけのものではない。
歴代OBが抱えてきた、受け継いできた悲願なのだ」

野球部へ注がれる声援を、呪縛のように感じている主将の独白。
彼が部室でどんな顔で、どんな思いでこの言葉を口にしているのか。
青春を捧げているのは、甲子園を目指しているのは――あんたたちのためじゃない、と
毒を吐く様子が、ありありと思い浮かべることができる、そんな凄みのある印象的な場面。

青春を描く小説でありながら、夢を追う過程で味わう苦渋を、綺麗ごとでなくストレートに描写されており
読んでいるこちらの胸も苦々しく、痛く、辛い。
私自身は元高校球児でも何でもないのに、彼が背負う重圧も彼が抱く勝利への熱も、痛いほど伝わってくる。

すべては甲子園出場という悲願のため。
一種の業にも似た願いの熱量が、ページを追うごとに読み手に迫り、そしていつしか私たち読者も彼らを応援する声の一つになるような、そんな凄まじい力がこの本には込められている。

 

受け継がれていく“悲願”

 

この物語は連作短編集。
ひとつひとつの短編で、時代そして生徒たちは変わっていく。

時が過ぎていく中、甲子園出場という“悲願”と、限られた三年間というタイムリミット、
一度しかない「最後の夏」は彼らに脈々と受け継がれていく。

――やりきったから後悔はない? そんなはずがあるか。全身全霊でやったからこそ、苦しいのだ。

高校生として実際に過ごす時間は、三年間だけ。
彼らは重圧にも似た期待を背負いながら、甲子園出場という夢を叶えるために戦い、
そして夢敗れたあとは次の世代にと連綿と受け継いでいく。

仲間と過ごした時間も、喜びも、苛立ちも辛さも悔しさも、すべてを次の世代への“祈り”として繋いでいく。
その“祈り”は時に球児たちを苦しめながらも、彼らの背中をそっと押してくれる、そんな力になっているのだと思う。

本書で描かれているのは、北園高校という一つの学校でしかない。
でもそれはきっと、小説だけでなく現実のたくさんの学校で受け継がれている願いであり、希望であり。
そんな思いを背負った球児たちが全国にたくさんいるのだという事実を思うと、胸が詰まる。
公立校も私立校も、弱小校も強豪校も関係なく。彼らは現実に存在しているのだ、と。

物語の最終章。
昭和最後の夏から時代が移り変わること約三十年後の時代が描かれている。
――そう、まさに今年の夏!平成最後の夏が、物語のクライマックスなのだ。
甲子園100回記念大会を目指す戦いが、綴られている。
最終章では、甲子園を賭けた戦いに「ハズレ世代」と期待されたことがなかった少年たちが夢へと挑むのだ。

――ずっとかなわなかった何百人の、いや何千人の祈りを、この子供たちが今日、叶えてみせる。

 

 

おわりに

夢を託された主将、マイペースなエースと甲子園出場を誓い入部したバッテリー、
夢へと燃える姿を間近で見たマネージャー、夢を託されて入部した期待の新人、
そして期待をされなかった不遇の世代の主将と、彼らを指導する監督。

脈々と受け継がれていく夢の熱量が迸る物語です。
読書中、特に物語のクライマックスではただただ胸が熱くなり、こみ上げてくる涙を抑えることができませんでした。
この物語に、特別な天才は登場しません。
ですが、野球部の皆が葛藤を抱えながら、それでも全力で頑張る姿が、夢を追う姿に胸を打たれます。
自分はこんなに死に物狂いで何かに打ち込んだことがあったか、と。
今何かを頑張れているのか、そう自問自答し、胸が熱くなります。

今年の夏、秋田県代表の金足農業の戦いを応援しているときに、ふと胸によぎらずにはいられなかった一冊を、ご紹介しました。
手に取っていただけると、うれしいです。

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。
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