不気味さがうごめく、珠玉のミステリー短編集 米澤穂信 著 『満願』

はじめに

私はミステリーを読み終え、謎の答えを知った時に湧いてくる、「そうだったのか」と心の霧が晴れていくような爽快感が好きです。
しかしながら本書「満願」は謎の答えが作中でほのめかされる、または明かされる時、一種の気まずさのような、「気が付いてしまった」という気持ちが湧いてくるような1冊です。
今回は「夜警」「死人宿」「柘榴」「万灯」「関守」「満願」という6編に潜むそれぞれの“願い”が綴られた、珠玉の短編集「満願」をご紹介します。

本作は山本周五郎賞を受賞しているだけでなく、
「ミステリが読みたい!」(早川書房)
「このミステリーがすごい!」(宝島社)
「週刊文春ミステリーベスト10」(文芸春秋)
上記ランキングの国内部門でそれぞれ1位に選ばれており、
史上初となるミステリーランキング3冠にも輝いている作品です!

「満願」というタイトル

「満願」とは願望が満たされること、またあらかじめ期限を決めて捧げる祈りの日数が満ちること、を意味する。
ちなみに、「願」という漢字の成り立ちについて、調べたところ“つくり”の「頁」は人の頭部の象形を意味するものであり、神に拝む人の姿から作られたそうで。

願い、とはまさしく人そのもので、その人自信をよく表現できるものなのかもしれない。

本作は短編集であり、ひとつひとつの話に繋がりはないが、切実な「願い」がそれぞれの短編に、登場する彼らの胸に灯されている。
願いの根底にある、その人自身や潜む欲望を丁寧に表現しながらも、そこには嫌らしさは垣間見えず、淡々と上品に綴られているようでさえある――ただ、そこには一心に願われているがゆえに読み手が時にどきり、とするような不気味さがある。

彼らの願いに気付かされた時に、「どうして、そこまでして」と問いただしたくもなる。
しかし、その願望に込められているのは、
その願いに理由や道筋など関係がない、と言わんばかりの必死さだ。
時にその願いの重みは、命さえも凌駕する。

読み手である私たちはその願いの先に悲しみがあることに気が付いても、その行く末を見守ることしかできない

後味の悪いミステリーのことを、総称して“イヤミス”、という表現をするが、この短編集はそれとは少し違うように思う。
満願、というタイトルに現れているようにこの本は、あくまで願いの物語
作中にただよう、切なさや苦みはイヤミスという言葉で表現するには惜しいほど、どこかしっとりとしていて深みがある。

この世はままならぬものです。泥の中でももがくような苦しい日々に遭うこともあります。
ですが・・・矜持を見失ってはなりません。
誇りさえしっかと胸に抱いていれば、どんな不幸にも耐えられないということはありません。

短編「満願」より

「ミステリー」イコール「謎解き」、ではない

このミステリーは「謎解き」が本意ではない――読み手が徐々に気が付かされていく、そんな物語の構図。

ミステリーというと、推理やトリックの鮮やかさが醍醐味のように感じるが、この「満願」は
探偵役が事件や謎の真相を突き止めるものだけがミステリーではない、と価値観に奥行きを与えていくように感じる。
米澤穂信さんの著作は人気作の通称古典部シリーズ(「氷菓」「愚者のエンドロール」などほか4作)をはじめ、いわゆる「日常の謎」を扱ったものが多く、本作もその例にもれない。
トリックが簡単であっても、また読者がふと気が付きやすい伏線であっても、
読み手にとってそれが“謎”であり“違和感”であれば、それはもう立派なミステリーである。

ミステリーはすそ野が広い、そうこの「満願」は読者に語りかけているようにも思う。

おわりに

読み終えて、「満願」というタイトルを反芻したとき。
この本の魅力は、読後に湧きおこる感情にあるように思います。

私たちは日々、何かを願いながら生きている。ある願いは叶い、ある願いは敗れ、ある願いを自ら手離し。
生涯の中で、どれだけの願いを抱えて生きていくのか、どれだけの願いが叶わずに消えてしまったのか。

表紙に描かれた、暗闇に灯る多くの明かりを目にすると、物語に囚われてしまう――そんな怪しげな魅力がこもった1冊。

この短編集はホラーの類ではありませんが…夏の寝苦しい夜が似合うように思います。
いかがでしょうか?

余談ですが、なんと、本記事の公開日である本日8月14日~16日、NHKにてこの「満願」がドラマ化されるそうですよ…!(ドラマ化されるのは、「万灯」「夜景」「満願」の3つだそうで…)
そちらも併せて、どうぞお楽しみください!

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ABOUTこの記事をかいた人

福岡県出身、読書が好きな社会人。 なんでも読む雑食系ですが、ミステリーやファンタジーをよく読みます。特に上橋菜穂子/恩田陸/辻村深月(敬称略)など。 読書は生活の一部。 ご紹介する本が、皆さまにとって良き出会いとなりますように。